「うわー、あったかい、ちょっとこっちに座ってみてごらんよ」
日曜日の昼下がり。上海にあるダイキンのソリューションプラザは若いカップルや家族連れでにぎわっていた。ちょっとしたモデルルームのような雰囲気の中、顧客は床暖房が設置されたエリアに興味津々で、靴を脱いで物珍しそうに体験する人もいた。この日、母親と連れ立ってきた27歳の男性は「マンションを買うことになって見学にきた。床の温度が見えるところが気に入ったよ」と満足げだ。
同プラザを立ち上げたのは、15年来佐々木正行(大金中国投資 董事・副総経理)と苦楽を共にしてきた中国人女性副総経理の陳英偉である。
「プロショップや内装担当者がお客様を連れて説明にきたり、個人のお客様にふらっときてもらうスペースとして05年に設立しました。中国の住宅が日本と違うのは、まったく内装がされていないスケルトン状態で販売されるところです。エアコンも大事な内装の一部ですから、マンションを買うと決めたときから商品選びが始まるんです」
なるほど、廊下には内装会社のデザイナーが設計した豪華なマンションの写真がズラリと並ぶ。この写真を見て顧客はオリジナリティあふれるわが家のイメージを膨らませるのだという。
そんな中国独特の建築事情やライフスタイルを知り尽くした陳は上海生まれの上海育ち。85年に大阪大学大学院に留学したが、卒業の時期が中国の民主化運動の時期と重なったため、帰国を断念。大阪のダイキン工業に入社した。
陳はほかに、情報誌「四季大金」なども手がける。送付先は顧客、政府関係者や学者までと幅広い。誌面を通して環境意識を啓蒙したい考えだ。日本人が立ち入りにくい世界で、陳は水を得た魚のように動き、まさに土日返上で働く。
「80年代、まだ中国がどう転ぶかもわからない時代に私を採用してくれた。最大限、会社に尽くしたい」と語る陳の帰属意識は揺らがないようだ。
情報誌は営業マンのコミュニケーション・ツールとしても活用する。営業マンが向かう先は全土に約2500店もある特約店やプロショップ。中国人が中心となって業者に声を掛け、技術と営業ノウハウを教え込んだ。10年度は全国の販売網を4000店に拡大する予定だ。
5年前からダイキンの商品を扱い、プロショップの中で売上高ナンバーワンを誇るあるオーナーは「中国の暖房市場には大きな可能性がある」と自信を見せる。
快適さと便利さ。消費の炎が今まさに燃え盛っている中国の顧客は貪欲に突っ走る。そのあとを、汗をぬぐいながら佐々木は必死で追いかける。
「15年かけて中国の住宅に空調文化を根づかせてきた。今度はどうしてもヒートポンプによる暖房・給湯文化を植えつけたいのです。そう、私たちの手で」(文中敬称略)