その世界に疎い人を味方につけるには

進次郎の話はとにかくわかりやすい。例え話がうまいのだ。何かを語るとき、そこでも相手の立場に合わせて、頭の中の引き出しからベストの比喩を取り出してくる。

たとえば、オリンピック出場を狙う若き陸上選手たちの前で講演したときのこと。ある選手から「絶対に勝たなくてはいけないときに、何を考えているか」と質問されると、車椅子のテニス選手、国枝慎吾に触れながら、こう答えた。

「絶対勝たなくちゃいけない試合は、『そのとき』ではなくて『それまで』が勝負なんです。僕も今まで何万回も演説してきたけど、この演説が勝負だと思うとき、『いったい今まで何回演説してきたんだ?』という気持ちが自分を支えてくれる。数年前、国枝選手も『これまで俺は何万回ラケットを振ってきたんだ?』と試合中の正念場で叫んでいた。みなさんも人が寝ているときや、友達がファミレスでだべったり、カラオケしたりしているときでも、何かを犠牲にして練習してきたでしょう。プレッシャーがかかる場面でも『自分は何回走ってきたんだ』『何回跳んできたんだ』と、日々の努力の積み重ねを思い出せば、心の支えになります」

前出の農林部会後に、記者団から補助金行政への見方を問われたときには、こう応じた。

「今は他の産業だって『農業は補助金漬けだ』と批判していられないぐらい補助金に頼っていますよ。自分の足で立って稼ぐんだという言葉は農業に限らず、全産業に向けられるべきこと。今経済界からいろんな要望がありますけど、かつて(経団連会長だった)土光敏夫さんは『国にあれやれ、これやれと頼むのではなく、これだけはやってくれということを言うのが財界の役割だ』と言ったが、いい時代でしたね。一度、そういう経営者にお会いしてみたい」

この現場には政治部だけでなく、経済部の記者も多くいる。政治家は新聞の政治面を想定して発言しがちだが、昭和の大物財界人の名前を出すだけで、経済記者のアンテナにも引っかかる発言に変わる。

“嫉妬の海”と言われる政治の世界。「そこでどう立ち回るか」という質問を受けることも少なくない。その際、思わず膝を打ってしまうのが、進次郎のこうした返答だ。

「むかし中村仲蔵という歌舞伎役者がいました。梨園の生まれじゃなかったけれど、あまりに演技がうまいから最終的に大成した役者です。でも、そうなる前はいじめにあって、端役ばかり与えられた。それでも主役を食ってしまうくらいの抜群の演技をした。私も嫌なことがあっても、そうありたい」

話す対象者にわかりやすい著名人を例に挙げ、それに沿って自分の考え方を語る。それはスポーツや歌舞伎に限らず、落語や文楽、歴史や小説、芸術など実に多彩な引き出しを用意している。そのために日々、10以上の新聞や雑誌に目を通すなど、さまざまな素材を仕入れる努力を決して惜しまない。こうした点は一流の政治家になる素質がある人とそうでない人の決定的な違いだろう。

▼オキテ あらゆるネタをストックしておくべし