M&A先の会社の筆頭株主になる
ひと月の稼働日数を20日とすると、1日の顧客訪問は1、2件。それを一気に5件に増やせというのだから大変だ。しかし、着実に実行すれば、3倍強の営業力を有するに等しい。現有戦力のままで、3倍の営業マンを持つに等しい戦力になり、売り上げ増とコストメリットの両方を得られる。私の役割は社員一人ひとりの“マインドアップ”である。とはいえ、それまでの社風は簡単には変わらない。
私が孤軍奮闘しているなか、永守社長が月に1度、泊りがけで来社される。まず「係長以上を集めてくれ」と言われ、夕方から近くの駅前ホテルに席を移して懇親会を開いた。1回の参加者は20~30人だから、一巡するには数カ月かかる。永守社長にしてみれば、現場の中核である彼らの本音も聞きたいし、ご自分の経営哲学もしっかりと伝えたかったのだろう。そして帰り際に「いくらだ?」と尋ねられるから「会社で払います」と答えると「ダメだ」と財布を出して、1万円札を30枚ぐらい、ポンと置いていかれる。ポケットマネーの出し方に嫌みがない。それを目撃した係長たちは「この人は本気だ。俺たちもこの人についていこう」と惚れ込んでしまう。
実は永守社長は、当時、M&Aをした会社が株式を公開していれば、必ず個人筆頭株主になっている。もちろん、日本電産が出資することもできよう。しかし、永守社長はそうはせず、ご自分でリスクを取っている。株は借金で購入される。買収した以上必ず再建するという不退転の決意を内外に示すためである。そんな経営者だからこそ人を動かすことができるのだと思う。
私が黒字化の手ごたえを掴めたのは、着任してから半年ほどたった頃である。営業が動きだし、売り上げが下降から上昇に反転し購買のコストダウンも成果を出し始めた。
きわめつきは、8月の単月黒字化だろう。永守社長からは「最も赤字の大きい月を黒字化せよ」という命令を受けていた。8月は、エアコンなどのモーター需要が前月前半には終わり、一気に売り上げが落ちる。ここを、さらなる販路開拓とコストダウンの徹底で乗り切れた。結果、1年での黒字化につながった。