出会う患者さん全てに公平に全力で手術に向かう

しかし、徐々に外科医としてだけでなく病院の管理者としての時間が必要となって、緊急症例や長時間にわたる手術症例などで全力を尽くしているか疑問に感じていました。実はそのような思いは以前から漠然とあって、患者さんごとに対応が異なると自責の念を感じていました。恐らく、医師になれたのは自分の力だけではなく、家族や親戚の後押し、引いては周囲の後押しと感じていたので、全ての人たちに役に立ちたいのにそれができていないような気がして焦りを感じていたのだと思います。

しかし、2012年に天皇陛下の冠動脈バイパス術を経験して、その考えに迷いが消えて、モヤモヤしたところから抜け出すことができました。陛下はご自身の前に提出されてくるご公務に対して「公平の原則」という強い決まりを設けられていて、手術後間もなくから全国各地をくまなく訪問されていました。手術後の天皇誕生日記者会見でご公務を制限されるかという記者からの問いに、公平の原則に照らして今まで通りに制限せずに対応される旨のお答えをされていましたが、その記者会見で私の名前を出してくださり、公平の原則について、深く考える機会をいただけたと勝手に思い込んだのが迷いを吹っ切るきっかけとなりました。「これからは出会う患者さん全てに公平に全力で手術に向かおう。周術期死亡率の高い手術だとしても、患者さんと意識を共有して患者さんが命がけでも手術にかけるという思いを確認できたら、逃げずに全力で立ち向かおう」と心を新たにしたのです。

そのメッセージを講演などで伝えていたからかどうか分かりませんが、2015年度の高校生用の教科書『Crown English Communication III』(三省堂)の「Lesson3 God's hands」という章で取り上げていただきました。「“Never try to cut corners. Just do your job.” The word“"compromise” is not in my dictionary.」とかつてのナポレオンのように記載してもらったのには少し照れくささも感じましたが、自分の今の信念を的確に言い当ててくれて感謝しています。

また、つい最近、陛下は「象徴としてのお務め」についてのお気持ちをビデオメッセージの形で国民に向けて発表されました。その中で「二度の外科手術」に触れられ、2012年の冠動脈バイパス術を受けられて、ご高齢による体力の低下を覚えられるようになったとあり、手術の責任を痛感しました。しかし、その後で次のようにもおっしゃいました。

「常に国民と共にある自覚を自らの内に育てる必要を感じて来ました。こうした意味において、日本の各地、とりわけ遠隔の地や島々への旅も、私は天皇の象徴的行為として、大切なものと感じて来ました。皇太子の時代も含め、これまで私が皇后と共に行って来たほぼ全国に及ぶ旅は、国内のどこにおいても、その地域を愛し、その共同体を地道に支える市井の人々のあることを私に認識させ、私がこの認識をもって、天皇として大切な、国民を思い、国民のために祈るという務めを、人々への深い信頼と敬愛をもってなし得たことは、幸せなことでした」

術後の4年あまり、各地への精力的なご訪問もご自身の幸せと感じてくださっていたというお言葉は、今後も同年代の高齢者の心臓外科手術を続け健康を取り戻してもらおうと、私の新たな決意につながりました。