需要縮小に悩む日本のタクシー業界に強力な敵が現れた。最大手・日本交通は創業家出身の3代目を先頭に反転攻勢の準備を急ぐ。勝負の行方は?
「日本交通社長に知識賢治氏、川鍋一朗社長は代表権のある会長に――」
2015年8月末、気になるニュースが飛び込んできた。
タクシー最大手の日本交通は昭和初期の創業以来、川鍋秋蔵、達朗、一朗の直系3代が社長を務めてきた典型的なオーナー企業。しかも当代の一朗は44歳(当時)の若さである。社長在任は10年に及ぶが、経営者としてはまだ若く、引退するような年ではない。
一方の知識は、カネボウ化粧品社長やテイクアンドギヴ・ニーズ社長を歴任した、52歳(同)の「プロ経営者」。実績十分の知識を後任に迎え、オーナー家のプリンスは経営から一歩退くというのである。何があったのか。
人事から1カ月ほど経った11月3日、経営者同士の勉強会に現れた川鍋は次のように述べた。
「私は先月、日本交通の社長を辞めて会長になりました。理由は何なのかとよく聞かれるんですが、一つには、今後ますますITに注力しなくてはいけないからです。その部分で強い危機意識を感じています」
参加者たちは面食らったように互いの顔を見合わせた。なぜタクシー会社のトップが、ITに注力しなくてはならないのか。話の筋道に飛躍があるように思えたからだ。
日本交通はたしかに、日本のタクシー業界ではまれに見るIT利用の先進企業だ。スマートフォン向けのアプリを11年1月という早い時点で配車システムに取り入れ、同年12月からは自社専用アプリをベースにした「全国タクシー」の運用を始めている。
全国タクシーは、提携会社のシステムとつなぐことで、同じアプリから日本交通など提携各社のタクシーを呼ぶことができるというオープンな仕組み。電話による配車よりも人手を介さないだけスピーディで、利便性が高いシステムである。