歴史は繰り返される「東芝の悲劇」

東芝の不適切会計の不祥事は西田厚聰、佐々木則夫という2人の大物元社長の確執が発端として表面化した。

西田が社長に抜擢した佐々木と対立。その後、佐々木は副会長に棚上げされる形で、田中久雄が社長に就任。その後、西田が会長を退任するときには、社外に出ていた室町正志が会長に返り咲き、佐々木はそのまま副会長に留任するという屈辱的な人事が行われた。

こうした権力闘争の中で、西田、佐々木、田中といった経営者たちが無理やり実績をつくろうとしたところから売り上げの水増しなどが行われる誘因となっていたとみられている。

しかし西田、佐々木、田中の元社長3人が去った今でも、東芝に対する強い不信感を感じるのはなぜなのだろうか。

今から約50年ほど前に、一人の経済評論家が現在起こっていることを予知するかのような人事抗争の内幕「東芝の悲劇」を書いている。著者の名は三鬼陽之助。財界研究所所長で、財界や産業界などのトップの間では「財界の鬼検事」と呼ばれていた男だ。

三鬼の著書『東芝の悲劇』によると、当時の東芝は会長の石坂泰三と社長の岩下文雄の確執が東芝の業績悪化を引き起こしたと指摘している。

「東芝という会社は、日立製作所、東京電力、八幡製鉄とともに、日本の代表的大会社であるが、押しよせた不況に、業績が急悪化し、その悪化の最大原因が、首脳人事部にあると取りざたされていたからである」(「東芝の悲劇」より)

石坂が土光敏夫の社長就任を公表したのに対して、岩下が真っ向からこれを否定。10日間にわたって攻防が繰り返され、結局土光が社長に就任した。この背後には石坂と岩下の確執があったといわれている。