うっかり触れると人間関係を損なう“タブー”のありかは、男と女とで異なるものなのか。言葉選びに命を懸ける「諜報のプロ」佐藤優氏に聞く、世間話の究極の奥義。

様々な人生を代理経験する

知らぬうちに男を敵に回したり、女の恨みを買ってしまう話を避けるためのノウハウを手に入れるのに必要なのが、まさに「雑談する力」なのである。

より具体的に言うと、本を読むことがその近道だ。その場合のジャンルは2つある。

作家・元外務省主任分析官 佐藤優氏

1つ目は、学術書の内容をわかりやすい言葉で言い換えた教養本だ。特に経済学、歴史に関する本を読む。そうすれば、イスラーム教徒を相手に豚肉や酒の話をするというような初歩的なミスは犯さない。

また、「男は学歴を気にする」「平社員の前で出世に関する話はタブー」「女性の前で年齢の話はしない」「女性の美醜について話す男は警戒される」などという類いの一般論が、資本主義的な競争社会、ジェンダー観から生まれたものであり、実は普遍性などないことが理屈としてわかる。

これを裏返して言うならば、雑談の場でも、そういう常識にとらわれている人と話をするときと、現在の社会構造を批判的に見ている人と話をするときとでは、回避すべき話の内容がまったく違ってくることがわかる。

世の中の常識を客観視できぬ人には、よけいな逆恨みを買わぬためにも、前述の一般論的な話題は避けておくのが賢明だが、後者のような人は、こちら側も同様に常識を客観視する視点を持ち合わせていれば、そうした話題を持ち出すことで人間関係に亀裂が生じることはまずない。

2つ目は小説とノンフィクションの文学作品だ。ノンフィクションでは、自伝、評伝、当事者手記がいい。1人1人の人生には、時間的・地理的・能力的に限界がある。だから、小説やノンフィクションで様々な人生を代理経験するのである。

「本で読んだ知識は、身につかない。現場で体験しなくてはならない」という意見もあるが、戦国武将や日露戦争の将校たちの経験を、21世紀に生きている我々がナマの現場で体験することはできない。

だからこそ、山岡荘八『徳川家康』(講談社・山岡荘八歴史文庫)や司馬遼太郎『坂の上の雲』(文春文庫)を読んで、代理経験を積むのである。