好きなことをやらないと集中力は生まれません。何かに集中した体験によって、自分の中にモデルのようなものができ、ほかの場面でも集中できるようになります。何かに没頭した経験のある子は、根を詰めて勉強しなければならない山場で、がんばりが利く。遊びも精一杯やってきた子ほど、最後に集中力が出て、志望大学に合格していきます。中高6年間で培った集中力を、最後の半年で使っているようなイメージです。高校3年の夏まで部活や文化祭準備に奔走していた子が、そのあと猛烈に追い込んで、東大に現役合格するケースを幾度も見てきました。
世界を広げた分、ある局面では最短距離ではないかもしれませんが、あとになって考えれば、これが一番合理的だったと、本人たちは感じるようです。大人は「最短距離」がベストだと思って誘導したくなりますが、子供にとってはそれが必ずしもベストな道筋ではありません。
たとえば、私が教えている駿台予備学校のデータで、「5教科受験の生徒」と「3教科受験の生徒」の「3教科の成績」を比べると、「5教科受験の生徒」のほうがよい。本当は教科を絞ったほうが成績は上のはずですが、結果は逆になっています。
教科同士はちゃんとリンクしていて、ある教科がほかの教科に対して「有効性ゼロ」ということはない。まるで関係なさそうな分野でも共通因子が潜んでいるのです。
戦略的に教科を絞ることはオーケーですが、しかたなく絞るのはダメ。もし迷ったら、5教科を勉強したほうが結果はついてきます。
効率を考えて、試験の傾向に合った勉強をすることもまた、逆効果につながります。典型的なのはセンター試験。
センター試験は選択式なので、センター試験に特化した勉強を重ねると、「答えを選ぶ」ようになり、自分で「答えを作り出す」ことができなくなってしまうのです。
成績優秀な生徒たちは、センター試験の現代文問題を、自分で答えを書くとしたらどうするかという姿勢で解いています。選択肢同士を比べて答えを出すというテクニックは使っていない。むしろ、面倒なことをやっています。
東大文系受験者は数IIIを学ぶ必要はないのですが、勉強している子のほうが成績がいい。困難を抱える子のほうが伸びるのです。
つまり、子供はさまざまなもの、あらゆることを抱えるほうがいい。抱えられるときに抱えられるだけ抱える。抱えることをいとわないことが大事なのです。しようがなく抱えるのではなく、平然と抱えるのがいい。抱えることでしか、ゴロンとした学力は身につかないのです。