伯母は歓迎、その長男を紹介される
そして、私のために本町の金時店で買っておいたのだと言って、桃色のリボンを私の髪につけてくれた。「ありゃ、よう似合うことじゃのう。お前の髪は、何ちゅうええ髪じゃ。桃割れに結うたら、どんとにきれえじゃろうかのう」と眼を細めて言うではないか。
しかし私には、この鼠の尻っぽのような私の髪に、そのリボンが似合うとは思えなかった。むず痒いような気がするのを、私はじっとこらえていた。やがて、気がつくと、窓のそとが仄暗くなりかけていた。「早や、暗うなりやすけえ、わしは往にやすでよ」とやっとの思いで私が言うと、伯母も始めて気がついたように、「そうじゃ、雄一、お前、千代さんの家まで送って行かにゃあ」と言ったのを合図にして、私は雄一と連れ立って、鉄砲小路の家を出たのであった。
「男と歩いた」と父親に問答無用で殴られる
道は暗くなりかけていた。こんなに暗くなりかけた道を、男と一緒に歩くと言うのは、その頃の習慣ではやましいことと思われていた。もう、じきに日が暮れる。私はそう思いながら、急いで家の裏門の木戸のところまで来ると、ちょっと立ち停まった。そして、何とも言わずに雄一の顔を見た。私の積もりでは、それはさよならと言うことであった。雄一にもそれが分かったのか、くるりと廻れ右をして、足早やに駆け去るのを見ると、私は髪につけていたリボンを、急いで毟りとった。そして、うちの馬ん駄屋のところまで這入りかけたとき、ふいに、そこに隠れて私の帰るのを待っていたかのように、父が躍り出た。
「おどれ、こんとに暗うなるまで、よう男と歩いとったな」と言ったかと思うと、いきなり、手を上げて私の頬げたを打った。また打った。私はよろよろとよろけた。よろけながら、「そうだ、私は暗い道を男と一緒に歩いた」と思った。自分の方から、鉄砲小路の家へ遊びに行って来いと言っておきながら、ちょっと暗くなりかけたからと言って、私を打ったりする父を、私は恨んだりしただろうか。理由は分からないながら、私は父を恨むどころか、父の言葉をそのままに承認した。私は暗くなってから、男と一緒に歩いた、と承認した。
それにしても私は、父のこの不条理な言動の真意が、どこにあるのかを、ずっとのちになるまで察することが出来なかった。このことがあってからしばらくして、父はときどき、時計の間に床をとらせて寝むことがあった。医者が来るようになったのは、ずっとのちのことである。

