夜道を一緒に歩いただけで嫁入り決定
あるとき、鉄砲小路の家から人が来て、私を雄一の嫁に貰いたいと言って来たと言う。思いもかけぬことであるが父は、一も二もなくこの申し出を承諾したと言う。そして私を呼んで、「われあ、早やじきに、鉄砲小路の家に嫁入りするのじゃぞ。ええか、われあ、あんとき、あんとに暗うなってから雄一と一緒に歩いて来たのじゃけにな。よもや忘れてはおるまいがの」と私の顔を真っ直ぐに睨みつけて言ったとき、私は何の抵抗もなく、ただ「はい」と答えただけであった。
このことはのちになって、私たちの間で話し合わされたことであるが、父は自分の余命幾何もないことを悟って、自分の生きている間に、私の嫁入りさきを決めておきたかったのではないか、と言うことであった。それにしても、暗い道を雄一と一緒に帰って来たことの刑罰として、嫁入りさせるのだと言う架空の設定は、どこから出たものであろう。
嫁ぐ日、育ての母は涙を見せた
ある晴れた秋の日のことであった。鉄砲小路の家から、朱塗りの酒樽が届き、夕方になってから、仲人になる人が私を迎えに来ると言うことであった。母は私を風呂に入れ、髪を結ってくれた。鏡の中の母の眼に、きらりと涙が光ったのを見ても、私はまだ、自分がこの家からいなくなる、と言う実感がないのであった。
仲人と言うのは、同じ鉄砲小路の士族の家の人であった。明るい、昼のように明るい月夜であったのに、仲人の夫婦は手に提打をともしたのを提げていた。私と仲人の夫婦との三人の影がながく路上に落ちているのを見ても、私はいま、自分が嫁入りしているところだなどとは、信じられないのであった。私は手にほんの小さな荷物を持っていたが、その中には、着替えの着物と学校道具が入っているだけであった。


