――誰だったらよかったんでしょう。

【為末】「努力は必ずしも報われるものじゃない、努力だけでは成功できないんだ」と、成功していない人が言っても認めてもらえないと思うんです。でも成功のイメージしかない人が言ってもダメなんでしょうね。ほどよい挫折を経て成功した人だったらいいのかな。僕の人生でも挫折や苦しいことはいくらでもありましたが、説明が足りないのかもしれません。

堀江貴文さんが『ゼロ』を出した時に、これからは自分のバックグラウンドを表に出していくことを戦略として大事にしていく、と言っていて面白いなと思ったんです。どこまで行っても世間的には「東大を出て大金持ちになった人」というイメージがあるので理解されにくいんだと。苦労して成功した人とか、あるいは手が届きそうな成功が結局手に入らなかった人とか……そういう人が言うとOKなんですかね。僕自身はそういう側の人間だと思っているんですけど。

――人生を全部語らないと何かを言う資格がないというのは窮屈ですよね。だから苦労して成功した人の話だけが出回ってしまう。ただ、「そこは努力しても無理だと思うよ」と言うより「がんばれば夢は叶う」と言うほうが言いやすいですけどね。

【為末】僕も基本的には「夢は叶う」という前提で話すことは多いですよ。あの屈託のなさと責任感のなさっていうのかな。「夢は叶う」って言っても「そんな無責任なことを言うな」と文句を言ってくる人っていないじゃないですか。でも、「いろいろ見てきたけど、この世界でやっていくのはやっぱり厳しいんじゃないの?」と言うと、リストラをする側にある人のような責任を感じる。それはやりたくないので、頑張っている人にとりあえずかける決まり文句が「諦めなければ夢は叶うよ」ということいなってしまうんじゃないかなと。一所懸命夢に向かって頑張っているのに、それを現実に引き戻すようなことをするのは、それなりの責任を負わないといけないような気がするんですよね。

――リストラをする側の人って、病むほど悩むといわれます。

【為末】リストラはすごく重い話だと思うんですけど、どんな分野においても、ある局面で「ここから先は道がないよ」と告げる人はかなりの確率で嫌われたり嫌がられるので、あえて言いたがらないですよね。結局、責任は取れませんしね。

――でも、為末さんが著書の『諦める力』でも書いておられるように、「応援してくれる人が責任をとってくれるわけではない」とも言えますよね。

【為末】長くやり続けることは、賞賛されることはあっても批判されることはまずないですから、応援してくれる人たちがいる限り続けたいという気持ちもわかるのですが、他の人の願望とか期待に応えようとしすぎると、やるべきことの優先順位がつけられなくなってしまうと思うんです。