創業の地に「原宿」を選んだワケ
1998年に会社を創業した時、最初のオフィスは原宿の明治通り沿いに構えた。売上ゼロの会社にしては割高の家賃だけど、若者の採用を見越した先行投資。内定を出した学生が、例えば大手町の立派な会社と迷った際、原宿の方が楽しそうだな、そう思ってくれというのが狙いだった。翌年には表参道に引っ越し、その翌年は渋谷マークシティに引っ越した。私が渋谷近辺にこだわったのは、街が元気で勢いがあったからだ。
当時、渋谷はビットバレーという呼び名で盛り上がりつつあった。渋い(ビター)谷(バレー)で、ビットバレー。シリコンバレーを意識したダジャレみたいな呼び名だったけど、当時の渋谷は熱かった。ネットバブルと時を同じくして、メディアも投資家も人材も渋谷に押し寄せている感覚があった。2000年に開業した渋谷マークシティには、勢いのある会社がたくさん入居していて、ビル内ですれ違う他社の人たちも自信に満ち、ビル全体に活気が漲っているようだった。逆に、寂れたオフィス街や、元気がない会社ばかりが入ったビルに行くと、中で働いている人たちまでくたびれて見えた。
「マジョリティがポジティブ」
土地やビルのようなハード面からの影響だけでなく、人が人から影響を受けるソフト面にも強くこだわった。創業間もない頃から、私は「マジョリティがポジティブ」という言葉をよく使った。マジョリティが、と言ったのは、組織の中の人が100%ポジティブだと、独裁者か宗教みたいで怪しいからだ。
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