細る「社会的なつながり」を感じる場

また、ある会社の退職者団体に勤めている社員の話によると、昔は亡くなった人がいると必ず団体から葬儀の際に弔慰金を持っていったという。ところが最近は、家族葬が中心になって遺族から団体に死亡連絡が入らないことがある。

その場合は死亡を確認次第、会費を入金する銀行口座に弔慰金を振り込むしかない。しかし相続の手配が始まってしまうと口座は凍結されるので、弔慰金が宙に浮いてしまうそうだ。

要は、昨今は死亡の際に家族以外の友人、知人が介在できる機会はないのである。

コロナ禍の時には、ある80代の女性が、「私の葬儀に誰も来てくれないとしたら、お世話になった人にどこで感謝の気持ちを伝えればいいの」と語っていた。

葬儀は、本来死を現実として受け入れるプロセスの一部であり、死者への敬意と感謝を表明する場でもある。しかし今は、そのような社会的なつながりを確認する場が細っているのだ。

「あんたも死んでごらんよ」

その時思い出したのは、「ターキー」の愛称で親しまれた元女優で、映画プロデューサーとしても活躍した水の江瀧子さん(1915―2009年)の生前葬のことだ。SKD(松竹歌劇団)のスターで「男装の麗人」として一世を風靡ふうびした。私と同世代だと、NHK「ジェスチャー」に出演していたことが印象に残っているだろう。

78歳の誕生日の前日だった1993年2月19日、都内のホテルに500人が集まって水の江さんの生前葬が開かれた。彼女は「生きている間に、お世話になった方々にお礼がしたい」と考えたという。

当日の葬儀委員長は森繁久彌で、実行委員長は永六輔。とても賑やかな会だったという。

水の江さんは翌日、永六輔に向かって「あんたも死んでごらんよ。いい気持ちの朝だよ」と話したそうだ。