苦い経験だったハーンの初婚

ヘブンは島根県知事の江藤安宗(佐野史郎)の邸宅で行われた快気祝いの席で、江藤の娘のリヨ(北香那)にプロポーズされると、戸惑いながら、以下の自分史を語った。

ギリシャに生まれたヘブンは、幼くして両親と離れてアイルランドの叔母に育てられ、ロンドンなど各地を転々とした末に渡米。オハイオ州で新聞記者になり、黒人にルーツをもつマーサ(ハーンの相手の名はマティ・フォリー)という女性と結婚した。しかし、当時のオハイオ州法は白人と有色人種の結婚を禁じていたため、新聞社をクビになり、結局、マーサと別れた――。

そんな経歴を打ち明けながら、ヘブンは「人と深く関わることはやめたんです。どの国でも、どの町でも、ただの通りすがりの人間として生きていくことにしたのです」と語った。だからリヨのプロポーズも受けられない、という意思表示でもあった。

ジャーナリスト兼小説家、エリザベス・ビスランド
ジャーナリスト兼小説家、エリザベス・ビスランド(写真=『IN SEVEN STAGES: A Flying Trip around the world』より/PD US/Wikimedia Commons

実際、結婚をめぐる過去の苦い経験は、その後のハーンの行動や意思決定に影響をおよぼしたと考えられる。ヘブンが文机の上に写真を置いている女性(シャーロット・ケイト・フォックスが演じるイライザ・ベルズランド)のモデルになり、ハーンに渡日を勧めたエリザベス・ビスランドと結婚しなかったのも、この経験ゆえに踏み切れなかった、という見方がある。

ギリシャのレフカダ島に生まれたハーンの母がアイルランドに適応できず、ハーンが4歳のときに故郷に帰り、それが母との永遠の別れになった、という体験もあったうえでの不幸な結婚だったから、なおさらダメージは大きかったと想像される。

だが、それなのにハーンは、どうして松野トキのモデルの小泉セツと結ばれたのだろうか。

「2人が結ばれたのは怪談」とは言い切れない

「ばけばけ」では、第12週「カイダン、ネガイマス。」(12月15日~19日放送)以降、ヘブンが怪談のおもしろさに気づき、元来が怪談好きのトキが、それをヘブンに語って聞かせるなかで、2人の関係は深まっていく。

たしかに、ヘブンのモデルであるハーン(八雲)は多くの怪談を書き記し、世に知らしめた。その仕事は、セツが怪談を収集し、語り部を務めるという二人三脚であったことはよく知られている。

実際、セツは幼いころから、養母である稲垣トミ(「ばけばけ」で池脇千鶴が演じる松野フミのモデル)が語る出雲神話や民話、昔話などを数多く聞いて育った。トミは出雲大社の社家の上官である高浜家の養女だったから、神話や説話に通じていた。

幼いセツは大人を見つけては、民話や昔話を話してくれるようにせがんだと伝わる。このように「怪談好き」であったために、ハーンとの絆もいっそう深まったのだろう。そうかといって、2人が結ばれたのは怪談好きゆえ、とはいいきれない。