一生懸命がんばるキャラについ感情移入
南米やアフリカ、南アジアの場合は、地元の政府や富裕層の汚職がひどいため、地元は貧困の極み、格差がすさまじく、どんなに努力しても這い上がれず、食料インフレは先進国をはるかにしのぎ、地元は仕事もなく、親族は危険を犯して先進国に出稼ぎに行ったり密入国して地元に仕送りをします。
つまりどこの子どもも若者も、程度の違いはあれ、権力者や富裕層や外国人の誤った意思決定や資源配分、私腹を肥やす悪行のおかげでひどい目に遭っており、さまざまな形での犠牲者なのです。
彼らは苦難な状況の中でも一生懸命にがんばる炭治郎や登場人物たちに感情移入します。さらに鬼の悲しみをまるで自分のことのように受け取るのです。そして海外の子どもや若者たちは鬼滅の熱狂的なファンになるのです。
スーパーヒーローは「味方」じゃない
ところが、ここ最近のハリウッドの作品には「鬼滅」のように視聴者である若者の苦しい状況を反映し共感を与えられるようなキャラクターが出てきません。ストーリーも現実的ではないのでまったく共感できません。
ハリウッドのスーパーヒーローたちは、よくわからない社会正義のためには戦いますが、親族や仲間のためには戦いません。しかも彼らは本業が公務員や富豪で美男美女です。そのうえ弱音を吐くことがありませんし、悪者キャラも鬼滅に出てくる鬼のような背景を持っておらず、よくわからない宇宙人とか怪獣とか悪事をやる理由がよくわからない悪人です。
しかも近年の政治的正しさ(ポリティカル・コレクトネス、ポリコレ)を受けて、スーパーヒーロー映画の役者は自分たちを代表しない富裕層の女性やアフリカ系やゲイです。等身大ではないのです。親族が目の前で惨殺されたり富裕層に虐待され、しかも生まれつきの痣や障害のある炭治郎たちや鬼たちよりはるかに恵まれているのです。
