世界最先端の開発をあっという間につぶしてしまう国

【茂木】僕が「プライベート」と「パブリック」に関して連想するのは、2000年代に起きたWinny事件です。元東京大学大学院の情報理工学系研究科助手だった金子勇氏が、P2P型ファイル共有ソフトを開発して、当時問題になりました。たしかにあれは著作権の問題や情報漏洩の問題など、様々な課題をはらんではいましたけど、一つ一つクリアしていける部分も多かったはず。

だけど、日本の政治と司法はあっという間に、この新たな可能性をつぶしてしまいました。おそらくは当時、世界一の最先端開発だったはずですが、開発者の金子勇氏を逮捕・起訴してしまいました。これは日本にプラットフォームビジネスが育たないという課題において、一つ象徴的な事件かなと思います。

もちろん形式的な違法性は理解できますよ。理解できるけれども、「インターネット上で他者と情報を共有できる」技術が、公共性においてもたらす恩恵があることを、もう少ししっかりと精査する姿勢があってもよかったはずです。

「情報の共有」という視点で「公共性」を訴える

【茂木】その点、「情報の共有」という視点で「公共性」を訴え、大きく育てたのが、米国のGoogleやAmazonでした。彼らのビジネス手法にはいまだ賛否ありますし、問題がないわけではないけれど、創業目線が、「社会」「公共」「コモンズ」を見つめていたのは、一つ大きな特徴です。

僕なども、最初Googleが「本の検索をできるようにする」と言い出した時は、「え、それってどうなの?」と思ったけれど、今では誰もがその恩恵に浴しています。

【山口】「情報の共有」といえば、遡れば図書館誕生なんかにも通じますよね。書物を限られた階層が所有するのではなく、広く共有の資産として開放するというコンセプト自体、市民革命の象徴でした。貧富の格差や、情報格差、教育格差を乗り越えた「知の開放」です。

それをさらに推し進め、図書館データを物理的にアクセスできない人にも開放しようとしたのがGoogleでした。およそ自由資本主義的な文脈には合致しない、社会活動(ソーシャルデベロップメント)ともいえる。

図書館解放を目指したのがGoogleなら、書店解放を目指したのがAmazonでした。物理的に書店や図書館にアクセスできない人たちが、自宅にいながらにして本を購入し、読むことができる。いわばユニバーサルアクセスです。テスラもそう。物理的に人を移動させる行為が、これまでの化石燃料の大量消費につながってきたことに課題感をもち、世の中の流れを転換しようとした。もちろん現在のテスラ、イーロン・マスクの問題がゼロではないけれど、「化石燃料に依存する文明のあり方に終止符を打つ」なんてビジョンは、広く世界規模の「公共・社会」を見据える視点がないと、絶対に出てきません。