しかし一旦部下たちが何か活動しようとしたなら、結局は上司の手のひらの上で踊ることになる―。
これなど実にうまい手だと思うのだが、現代的な観点でいえば上司が積極的なリーダーシップを取りにくい難点がある。
特に、利益を一丸となって取りにいかなければならないような現代のビジネスにおいては、やや消極的な方法になってしまうかもしれない。
では、ということで、最後に登場するのが『韓非子(かんぴし)』。こちらには次のような指摘がある。
・虎が犬を負かすのは、爪や牙をもっているからである。その爪や牙を虎からとりあげて犬に与えたら、どうなるか。逆に虎のほうが犬に負かされてしまう(それ虎の能く狗を服する所以は、爪牙(そうが)なり。虎をしてその爪牙を釈(す)てしめて狗をしてこれを用いしめれば、則ち反(かえ)って虎は狗に服す)二柄篇
虎が犬を従わせるのは爪や牙の威力だ。ならば、上司も虎のような武器を持って、部下を抑えつければよい、と考えたのだ。つまり、上司は「権力」を活用すべし、という指摘に他ならない。
では、『韓非子』は具体的にどんな権力の形を想定していたのだろう。これは、一言でいえば「賞罰の権限」になる。現代でいえば、「お前、俺に逆らえば次の査定どうなるかわかっているんだろうな」と脅して部下を黙らせる手法を『韓非子』は考えていたわけだ。
しかし、部下の方もやり手だった場合、さらに上位の役職者に取り入って、こちらを追い落とそうと画策するかもしれない。
「権力」とは、部下を屈服させる強力な武器ではあるが、同時に、絶えざる「権力闘争」を産む危険なパンドラの箱でもあるのは注意すべき点だ。