当初は寿司ダネとして不採用だった「とびっ子」の歴史
数々のニッチ商品を世に送り出してきた私たちですが、「とびっ子」もその成功例の1つです。
トビウオの魚卵に独自の味付けを施した「とびっ子」は、今では寿司ダネとして欠かせない存在になっています。
しかし、この商品も最初から順調だったわけではありません。もともとトビウオの魚卵は、日本では漁獲されていませんでした。
そこで私は、「いくら」に代わる寿司ダネとして活用できないかと考え、輸入して商品化することを試みました。
ところが当時の江戸前の寿司店は、「魚卵のネタは、いくらと数の子があれば十分」と言って、「とびっ子」に見向きもしませんでした。
しかし、私は「とびっ子」が必ず受け入れられると確信していました。そこで、反応が芳しくない国内市場にこだわるのではなく、先に海外市場の開拓に力を入れることを決めたのです。
というのもちょうどその頃、欧米では日本食の人気が高まりつつありました。
まだ和食が世界的に認知されていなかった時代でしたが、「これから和食がグローバルになる時代がやってくる」と予測し、商品を売り込むことで日本食の魅力を発信しようと考えたのです。
なぜ「トビウオの魚卵」が世界を席巻できたのか
予測どおり、寿司文化が定着するにつれて「とびっ子」もしだいに広く受け入れられるようになりました。
欧米だけではなく、アジア圏でも同様に、その需要は急速に拡大。なかでも香港やシンガポールといった寿司文化が根付いた地域では、「とびっ子」が高く評価され、「大栄フーズブランド」としての地位を確立することができました。
こうして「とびっ子」は、海外での評価を受けたあと、逆輸入されるかたちで日本国内にも広まっていきました。
ありがたいことに、「中華くらげ」と「とびっ子」は、2008年にモンドセレクション(ベルギーの民間企業が主催する、商品の技術的水準を評価する国際コンテスト)の一般食品部門で金賞を受賞。その後も、10年連続で金賞に輝くという快挙を達成しました。
近年、モンドセレクションに対する評価はさまざまですが、少なくとも当時の受賞はブランドの信頼性を高める要因となったことは間違いありません。

