山中教授は、研究所のスタッフ1人ひとりに気を配って、常にチームワークで仕事を進めていくためのマネジメントを何より大切にしている。

サイエンス作家 竹内薫氏

「その根本にあるのは、まるでエンジニアのような『分業』の発想ですね。コストや納期の制限があるなかで、最大限の成果を挙げるためにチームの仕事を突き詰めていく。これはご実家が東大阪市の小さな町工場で、幼い頃からご両親や職人さんたちの仕事を見て育ったことと無関係ではないでしょう」

iPS細胞の発見は、1人で専門分野を突き詰めていく生理学的な手法というより、むしろ工学的なアプローチによって達成された。最古参のスタッフの高橋和利氏(現・京大iPS細胞研究所講師)は工学部出身。純粋培養の医学者ではなく、何度も研究テーマを変えて回り道をしてきた山中教授だからこそ、柔軟な発想を取り入れることができたのだ。

「教授がiPS細胞の開発をはじめたとき、研究室にはごくわずかな予算しかなく、コストを掛けずに効率を追求するしかなかった。それが結果的に、誰も考えつかなかったコロンブスの卵のようなアイデアにつながった」

米国のグラッドストーン研究所に留学していた頃、山中教授はボス所長から印象深い言葉を贈られたという。

「研究者として成功する秘訣はVWだ。VWさえ実行すれば、君たちは必ず成功する」

VWとは、「Vision(長期的目標)」と、「Work hard(ハードワーク)」のことを指す。ただ勤勉なだけでは足りず、常に大きな目標を見据えて努力を続けることが大切という教えだ。

米国から帰国して奈良先端科学技術大学院大学の助教授に着任したとき、コネも実績もなかった山中教授の研究室にはスタッフが1人もいなかった。しかし、「ヒトの胚を使わずに、体細胞からES細胞と同じような細胞を作る」という実現可能かわからないスケールの大きなビジョンを掲げたことで、前述の高橋氏をはじめとする優秀な学生が集まってきた。

「山中教授の研究所は、企業でいえば1種のベンチャーのようなもの。日本的なシステムのしがらみを突破して、新しい組織をつくろうとしているんです。そこに優れた人材が集まってくる理由は、やはりご本人の人徳によるところが大きいでしょう」