映画興行としては不入りだった
『火垂るの墓』は、1988年4月16日、『となりのトトロ』との二本立てで公開された。いまでは信じられないかもしれないが、当時の日本アニメは、苦境にあった。『火垂るの墓』の劇場パンフレットで、プロデューサーの原徹氏は、次のように書いている。
各約85分の2本の作品が同時に製作封切られることは、低迷しているアニメーション界にとって、刺激的、且つ、画期的な出来事である。
アニメといえば、子どもしか見ない。そんな侮蔑のまなざしを向けられていたし、さらに、同じパンフレットの「解説」には、「これまでのアニメーションには日本を積極的に舞台にした作品はごく少なく、日本人の生活をきちんと描いたものはほとんどありませんでした」と書かれている。
日本のアニメーションは、あまり見られていないから、作品の質が高まらず、その設定も日本ではなく、海外やファンタジーばかりだった。
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