眼鏡の町、福井県鯖江。日本の眼鏡フレームのおよそ95%が作られる。しかし、全盛期に1000社に及んだ同地域の関連企業も、中国の台頭などで現在は500社にまで減少。

今回取り上げるのは、その鯖江でチタン微細部品を製造する西村金属の「3代目」が立ち上げて急成長する西村プレシジョン。商材は「ペーパーグラス」。折りたたむと薄さ2ミリになる老眼鏡だ。1万5000円という価格にもかかわらず、2012年の発売以来、累計販売本数は3万本を超え、注文が殺到している。

苦境に立たされた家業の業績を回復させ、新事業に乗り出して「第二創業」を成功させた要因はどこにあるのか。早稲田大学ビジネススクール入山章栄准教授が解説する。

▼KEYWORD 第三創業

私はこの連載で、「第二創業」をテーマにしています。それは中小企業が、異色の若い経営者への世代交代を機に、自社の強みを活かしながらビジネスを変化させ、急成長することを指しています。私が西村プレシジョンの西村昭宏社長にそんな説明をすると、「西村金属の経営再建はまさに第二創業で、西村プレシジョンは『第三創業』ですね」とおっしゃっていました。彼は10年余りで2度の革新を起こし、いまは第三創業の最中です。変革のポイントを経営学の視点から3つ紹介します。

眼鏡以外の構成比を8割に●眼鏡部品の製造が9割以上だったが、HPで設備、加工方法を公開してから異業種に参入。現在では大手電機、自動車メーカーなど眼鏡以外の構成比が約8割に。

あえて工場の設備をネットで公開

1つ目は「情報の非対称性の解消」です。西村社長のお父様が創業した西村金属は、旋盤を使って眼鏡の極小ネジや丁番などチタン部品の製造を生業にしています。西村社長は大学を卒業後、東京のIT会社に就職しますが、1年後の03年に、低迷していた西村金属の経営再建のため呼び戻されます。

常務に就任した西村社長は、まず自社の設備をインターネットで公開することを主張しました。自社の持っている旋盤機械などの設備や、加工法、できる製品を公開し、眼鏡業だけでなくほかの業界からも受注をとろうとしたのです。

地方の中小企業は、地域や業界内、自社内といった狭いコミュニティに閉じこもりがちで、情報がなかなか外部から見えません。情報が非対称なのです。西村社長はHPに設備情報を載せることで、この状況を解消しようとしました。

大事なのは言語化できないノウハウ

しかし、この提案は先代社長や古参社員に反対されます。設備は会社の機密情報であり、仕事を盗まれるから隠すべきだと言われたのです。当時の製造業は秘密主義で、工場の設備を公開している会社などほとんどありませんでした。

すると西村社長はこう説得したそうです。

見て盗まれる技術など技術じゃない。大事なのは言語化できないノウハウであって、それは決してウェブには載らない。西村金属には他社には盗めないノウハウがある」

顧客のことを思えば、会社にどんな設備があって、何ができるのかわからなかったら、相談のしようがない。眼鏡以外の航空宇宙部品や半導体、医療用機器などのメーカーは、軽くて強くて、錆びないチタンの加工技術を求めているはずだ」

そこで、HPには設備に加えて、同社が加工できる技術を大量に書き込み、検索エンジンで上位に来るよう対策をしていきます。