全国巡り酒攻めも格闘技営業を垂範

リーダーは、部下たちを動かせばよく、自分はじっとしていればいい、と勘違いしている経営者がいる。確かに、あれこれ口を挟んで仕事の流れを止め、部下の意欲をそいではいけない。だが、自ら行動で示す、あるいは自分の言葉で「目指すべき山頂」を説くことは、組織のベクトルを合わせ、頂へ到達するには肝要だ。それを実践してきたのが、隅流だろう。

東京海上ホールディングス会長 隅 修三

1995年6月に本店営業部の第7部長に就き、電機・精密業界など向けの営業を、指揮したときだ。部下たちに「企業向け営業の担当者は、『格闘技』に強くなくてはいけない」と、繰り返した。

いまや、誰もが「顧客第一」と口にする。だが、営業相手がこちらの言うことを受け入れてくれるかどうかの前に、その土壌をつくれているか。納得してもらえるだけの提案力が、あるのか。すべてはそこが起点で、それがないと、相手の懐には入っていけない。

懐に入るには、あらゆる角度から接する必要があり、ときには表向きのやりとりをしながら、みえないところで駆け引きもする。相手もそれをわかっていて、穏やかな顔で握手をしても、机の下ではこちらを蹴飛ばしていることもある。そういうことを重ねながら、大人の世界が成り立っていく。

そんな仕事の進め方を、「格闘技」と表現し、部下には「そういう格闘技をやり抜くためのシナリオをつくれ」と説いた。シナリオは幾通りもあり得るから、まず3種類くらい書き、相手と話してみる。すると、そのうちの1つが消え、さらに別のシナリオが浮上する。そんな具合に、書き直しながら話を詰めていけ、と教えた。

要は、あらゆる状況変化に、柔軟かつ素早く対応しろ、ということだ。当たり前のことなのに、日本の古い大手企業には、それが欠けた例が少なくない。自己本位だからで、本当には「顧客第一」になっていないためだ。自社にも、その懸念を抱いていた。