抗がん剤、病院選び、がんの正体……がん患者さんとご家族が“がん”と“がん治療”の全体像について基本的知識を得る機会は多くありません。本連載では、父と妻を“がん”で失った専門医が、医師そして家族の立場から、がん治療の基本を説きます。

なぜ辛いものを食べるとがんになりやすいのか?

がんが生まれてしまうのは、古い細胞から新しい細胞に遺伝子をコピーするとき、遺伝子の一部に写し間違いが生じるからです。

新しい細胞は生まれるときに、古い細胞の持つ遺伝子の情報をそっくりそのまま受け継ぎます。

1つの細胞には、信じられないほど大量の遺伝子情報がぎっしり入っていて、この遺伝子情報を一字一句間違いなく写し取らなければならないのですが、完全にコピーするのはなかなか難しいことです。たとえ工業製品であっても不良品が1つも出ないということはあり得ないように、間違いは必ず起きてしまうものです。この遺伝子の写し間違いを「遺伝子の突然変異」と呼びます。

この間違いはそれほど頻繁に起こるわけではありません。細胞1つひとつで見れば、私たちが交通事故に遭うよりもずっと確率は低いでしょう。

『がんを告知されたら読む本』(谷川啓司著・プレジデント社)

しかし私たちの身体を構成している細胞の数は全部で約60兆個もあり、毎日数百億個、数千億個というレベルで新たな細胞が生まれています。そのたびに細胞分裂が起きるのですから、一定の割合で遺伝子情報を写し間違えた細胞ができてもおかしくありません。

ただし遺伝子情報を写し間違えたからといって、その細胞がすべてがん細胞になるわけではありません。さきほど説明したように、がん細胞の特徴は、増え続ける性質と転移できる性質を同時に持つことです。この2つの性質を同時に持つことができなかった場合、その細胞はほかの正常細胞と同じく、寿命が来れば死んでいきます。

このようにがん細胞とは、偶然に偶然が重なって、たまたま、がんになる性質を獲得したものです。がんになる確率はそれほど高くありませんが、細胞分裂の機会を多く持てば持つほど、間違いが起こる確率も上がります。つまり年をとればとるほど、細胞分裂の回数が増えるので、いずれは間違いが起こって、がんができる確率が上がるのです。