妻は靴を履いたままリビングで転がっていた

筆者が考えるに、妻が「早く死にたい」「頭がおかしい」「私、離婚することにしたから。今後迷惑をかけるようになると思うので、身を引くことにしたから」と口にしたのは、まだ正気の妻が残っていて、認知症になったことでコントロールできなくなっていく自分を客観的に見ての言葉だったのかもしれない。河津さんに迷惑をかけてしまうことが申し訳なく、「自分から身を引く」と言ったように感じられる。

忘年会が終わり、帰路についた河津さんがスマホを見ると、「鍵を家に忘れたまま外出して、エントランスから先に行けない」とのメッセージが届く。自宅に到着すると、なぜか妻は家の中にいて、靴を履いたままリビングで転がっていた。

帰ってきた河津さんに気づくと目を覚まし、再び弟の悪口が始まる。河津さんが布団に移動させようとすると、妻は突然嘔吐し、髪もじゅうたんも吐瀉物まみれとなる。このとき河津さんは、キッチンにカップ焼酎の空き瓶が1本置かれていることに気づく。妻は泥酔状態で何度か嘔吐した後、河津さんの母親や、自分の姪っ子の悪口まで吐き散らし、深夜0時過ぎにようやく寝付く。

「妻は、これまで必要以上に強気でカバーして生きてきたようです。正気ならば、『自分から身を引く』と、淡々と静かに言えばいいのですが、自己誤謬を受け入れられず、自己防御の気持ちが先に立ち、身を引くと言いながら、自分は悪くないという強気な物言いになったのだと思います。しかも、心が弱いのでお酒の勢いを借りてしまったのでしょう」

その2日後の夜、またもや弟の悪口が始まる。河津さんが、「だったら電話してみれば?」と言うと、妻は本当に電話し、電話口で激しく怒鳴り散らし、肩を震わせた。電話を切った後もしばらく怒りが収まらず、「私は悪くない!」「ばかにされている!」などと吐き捨てるようにつぶやいていた。

そして31日の夜。NHKの紅白歌合戦を見ていると突然、「つまらない、生きていても仕方がない、死にたい、別れて……」と妻が言い出し、好きだったはずの竹内まりやの出番になっても、ウジウジモードが続く。

気分転換になればと、紅白後、河津さんが初詣に誘うと、妻はしばらく渋っていたが立ち上がり、2人で近所の寺に行き、鐘をついた。

初詣から戻ると、「おとそを一杯だけ飲んだら休む」という約束で乾杯するも、妻は2杯目を要求。河津さんが「これで終わりだよ」と言うと、「わかった」との返事。だが、3杯目を求めたので断ると、「正月に飲む自由もないのか!」と突然キレ、河津さんに罵詈雑言を浴びせ始め、収拾がつかなくなる。

写真=iStock.com/shironagasukujira
※写真はイメージです

河津さんが一度家を出ることで、妻が頭を冷やしてくれるのではと考え、外で時間を潰して1〜2時間後に帰宅するが、マンションの外まで聞こえるような金切り声が漏れてくる。元旦の未明のことだ。きっと寝静まった周囲の家にもその声は届いているに違いない。慌てて玄関を入ってきた河津さんを見ると、妻は再びヒートアップ。河津さんはやむなく再度、家を離れた。約2時間後の6時ごろ家に戻ると、妻はいびきをかいて寝ていた。

その日の夜、河津さんが忘年会で不在にしていた日のことと昨夜の件を話すが、妻はまったく覚えていないと言う。しかし妻は反省したのか、これを機に飲酒をやめた。

アルツハイマー型若年性認知症と診断された3歳下の妻と過ごす時間を優先し、58歳で仕事を辞めた河津さん。

この後、妻の症状は目まぐるしく変化し、河津さんの手に負えないほどになっていく。

夫はどのようにして妻を支え、苦難を乗り越えていくのだろうか。(以下、後編へ続く)

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