病気やケガは最後の一押しに過ぎない
ご自宅や施設で暮らしていた高齢者が入院するきっかけは、食欲低下、発熱、転倒などですが、これが低空を飛んでいる飛行機の高度が急激に下がったことに相当します。熱中症や脱水なら点滴、肺炎なら抗菌薬の投与といった治療は十分にします。
それで高度が回復するならいいのですが、回復しなければ亡くなります。亡くなった最期だけを見ると急に悪くなったように見えますが、何年もかけてゆっくりと飛行機の高度は下がってきたのです。病気は、最後の一押しに過ぎません。
肺炎などの病気が治って、当面は命の危険がなくなっても、十分には回復しないこともあります。たとえば、誤嚥性肺炎の治療後に口から物を食べられなくなるケースです。物を飲み込む機能は複雑で、筋肉や神経の機能が衰えると、食道に送られるはずの食べ物が誤って気管や肺に送られ、肺炎を起こします。これが誤嚥性肺炎です。
肺炎自体は抗菌薬で治っても、体力が低下して衰えた「飲み込む機能」はなかなか元に戻りません。リハビリで回復するケースもないわけではありませんが、老衰が背景にある場合はまず回復しません。
食事をとれなくなったらどうするか
食事の経口摂取ができなくても「経鼻経管栄養」や「胃瘻栄養」などといった栄養を補給する方法はあります。「経鼻経管栄養」は鼻から細いチューブを胃に通して栄養剤を入れる方法で、生命維持に必要なカロリーが補給できます。ただ、鼻にずっとチューブが入ったままなので不快感や苦痛を伴いますし、定期的にチューブの入れ替えが必要です。一方の「胃瘻栄養」は、胃に穴をあけてチューブを通して栄養剤を入れる方法で、長期的にはこちらのほうが負担は小さいといえます。神経難病などで飲み込む機能が衰えた患者さんにとっての胃瘻栄養は、命をつなぎ、生活の質を上げる重要な治療法です。
ですが、老衰で亡くなる恐れのある患者さんの胃瘻栄養は議論になるところです。日本では、自分で意思決定ができなくなった認知症の高齢者に対して胃瘻栄養が行われてきました。一方、海外の多くの国ではあまり行われていません。たとえばアメリカ老人医学会は、重度の認知症患者に対して胃瘻栄養は推奨せず、代わりに注意深く食事介助を行うとしています(※2)。
このことは欧米で寝たきり老人が少ない一因として挙げられます。「日本では胃瘻を造って強制的に栄養を取らせ高齢者を不自然に延命させる。欧米では口から食べられなくなったら自然で平穏な死を迎える」といった主張もあるほどです。