人類はいまも愚かで、まったく進歩していなかった
そして、ロシアはウクライナに侵攻した。「プーチンはひどい」というのは簡単だが、彼個人の問題ではない。かつてスペインもイギリスもドイツも日本も行った侵略が、過去のものではないことを思い知らされたのが現代である。時計は思いのほか簡単に巻き戻された。
世界大戦は、過去ではなく、未来かもしれないのだ。
日本にも、諸国との紛争の種がある。仮に戦争にまで発展すると、多くの犠牲者が出ることになるだろう。そう、はじまりは簡単なのだ。台湾海峡、南シナ海、尖閣諸島、竹島領海周辺、あるいはそのほかの紛争地域で偶発的に衝突が起きることも十分に考えられる。
子どもの頃のわたしには想像できなかったような、戦争の危機を身近に感じられる時代がやってきたのだ。
ロシアによるウクライナ侵攻が起こり、中国をはじめ専制主義が世界中で拡大し、欧米などの民主主義国でも暴動や激しいデモが頻発し、人々の心は荒んでいる。
世界が分断されるなか、日本は“とりあえずの安心安全”のためにアメリカに追従するしか当面の選択肢はないように思える。
わたしはそんないまの世界の状態を見ていると、絶望感を抱かざるを得ない。ほんの30年前、冷戦終結時には想像もできなかった、生きているのが悲しくなるような時代――。
人類はいまも愚かだった。実はなにも進歩していなかったのだ。
現在の世界は両極化する「ディストピア禍」
一方、現代社会はかつてないほどつながっている。
現代とは、テクノロジーの発展によってほぼすべての国と地域がグローバルにつながり、経済的にも文化的にも互いに影響を与え合う社会である。だから大戦は起きないという人もいる。
しかし、人類は本当に賢いのだろうか。
自国中心主義・自分中心主義に陥ったアメリカ大統領を支持したアメリカ人が何千万人もいたことを思い出すと、人類はそんなに賢くないと考えるほうが賢明であろう。
世界中の人たちがつながり、より良い平和な世界を求める活動や言論が、施政者も無視できない力を持ちはじめたことも事実だが、それを阻止しようとする勢力が巨大化していることもまた事実だ。
つまり、世界は両極化しつつある。
中心が希薄化したから、バラバラのカオスになりつつある。
これまで中心にあった価値観(民主主義、資本主義、成長主義、個人主義など)に綻びが生じたから、両極から引き裂かれそうになっているディストピア禍なのである。
現代に必要なのは、他者を想像する力
ディストピア禍において、つながりや利他の精神を築き、より調和的な世界を目指すためには、まず「他者を想像すること」が極めて重要なアプローチとなる。
他者の立場やその苦しみ、痛み、喜びを想像し、自分たちとは異なっていてもそれを尊重すること。そんな人間本来が持つ「想像力」こそが、いま求められる力なのではないだろうか。