「快適に移動できる」を当たり前に

かつて化学繊維がなかったころ、座席の素材はもちろん天然のものだったが、コスト面や耐久性、あるいは安定供給ができるといったメリットから、ほとんどの会社が化学繊維に切り替えていった。通勤車両で天然素材を使っているのは、今や大手私鉄では阪急くらいだ。

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さらに織物メーカーにとって、阪急用に作っている素材の品質保持は、腕の見せどころだという。というのも、天然素材は天候や生育状態によって毛並に差が出る。これをうまく調整し、いかに一定の品質を保つかが難しい。

また、他社用の素材に比べて毛足が長く、感触を揃えるのに技術を要するほか、阪急のような無地の場合はちょっとした色のムラが目立ってしまうのだ。

阪急の開業時、電車は単なる移動手段としての側面が強かった。

しかし阪急は「快適に移動できる」という概念を電車に付け加え、電車の「当たり前」を変えた。そして美しさや快適性において高いクオリティを維持してきたのだ。

変えていくことと、守ること、その双方をしっかりと機能させ、阪急は強く信頼されるブランドを確立してきた。

ライバルとの違いをアピールして磨かれた個性

③競合・阪神の存在で差別化

阪急がその地位を確立してきた背景には、競合・阪神との争いの歴史も無視できない。

阪急は開業時から阪神への対抗心をあらわにし、路線延伸を進めてきた。前身である箕面有馬電気軌道が「阪神急行電鉄(通称・阪急)」へと改称したことからもそれが伺える。

阪神が既存の市街地を縫うように走り、駅もこまめに設置したのに対し、阪急は未開発の山側エリアを直線状に結び、駅も少数にとどめるなど、とにかく速達性を重視。

やがて「スピードよりも沿線乗客の利便性を重視する阪神」と「大阪―神戸間を素早く運ぶ阪急」というすみ分けができていった。

このころの両社のポスターには、阪神は「待たずに乗れる阪神電車」、阪急は「綺麗で早うて。ガラアキで眺めの素敵によい涼しい電車」というキャッチコピーが使われている。

この阪急のコピーは小林が自ら考案したもの。乗客の少ないマイナスの状態を、あえて「ガラアキ」と表現しゆったり座れる利点を強調するところに、小林のコピーライターとしての才能も感じさせられる。

1990年代後半になると、JR西日本がシェアを伸ばしたこともあって両社は次第に協調。2006年に阪神が阪急ホールディングスの子会社となり、阪急阪神東宝グループが誕生するが、こうした流れは戦前の両社では考えられなかったことだ。