杉下右京のアリア

「相棒」を見ていて感心するのは水谷豊のよどみないセリフ回しだ。かつて、渥美清は「寅さん」シリーズのなかで朗々と長いセリフを語った。「寅のアリア」と呼ばれ、イタリアのオペラ歌手のようだとされた。水谷豊は事件の謎解きを渥美清のように独唱する。歌うようなリズムに乗ったセリフ回しだ。

歌手の和田アキ子は「森繁(久彌)のお父さんに教わった」とドラマのセリフについて次のように教えてくれた。

「歌は語るように、セリフは歌うように」

水谷豊は歌手でもある。森繁久彌から教わったことはないだろうが、セリフについて自分なりに研究したのだろう。前述の渥美清の演技の特色も体技ではなく、セリフ回しとそれを支える驚異の記憶力だった。以下はTBSにいたプロデューサー鴨下信一の話である。

「ブレイク以前の渥美清の売り込みだったが、5、6年して初めて演出した時、名刺を渡したことはもちろん、その時の廊下の情景なんかを克明に記憶しているのに驚いた。異様な記憶力で、これなら台本のセリフなんかすぐ覚えるだろうと思った。2回ぐらい読めばOKだったらしい。このへんはお互いに認め合っていた藤山寛美もそうで(2時間ドラマを2回読んで覚えた現場にいたから証人になれる)、菊田一夫、渋谷天外、淀橋太郎、小野田勇、花登筐など遅筆の大先生も多かった喜劇界でもの覚えは生きる術だった」

俳優の水谷豊
俳優の水谷豊[『「相棒」杉下右京に学ぶ「謎解きの発想術」』(プレジデントムック)より]

水谷豊と渥美清のセリフ回し

水谷豊もまた記憶力が素晴らしくいいのだろう。まずはセリフをきちんと覚えている。

そして、セリフ回しは渥美清のそれと似ている。渥美清のセリフ術は次のようなものだった。これも鴨下信一の分析である。

「渥美も同じで、いわゆる『寅のアリア』といわれる一人語りは(「男はつらいよ」シリーズでは)毎回の呼び物だった。もちろん『結構毛だらけ猫灰だらけ』『四谷赤坂麹町、チャラチャラ流れるお茶の水、粋なねえちゃん立ち小便』等タンカ売いから派生したおなじみのセリフもあり、『それを言っちゃおしめえよ』や言い負かされたときの『貴様、さしずめインテリだな』等のキメぜりふ、これは下町弁の歯切れもあるが、かかる間がいいのだ。『ナニ、美少女。美の少ない女、そいつあ、ブスだな』とか『ナニ、西部劇。コロンブスが太平洋からアメリカに上がりゃあ、東部劇だろ』といった〈言い換え〉のアドリブがフランス座時代の得意技で、これを速射砲のように打ち出すのだそうだ」(『昭和芸能史 傑物列伝』)

「相棒」がウケる番組となり、視聴率がいいのはストーリーもさることながら、やはり水谷豊のセリフ術がある。