スーツは結局何色で?
ほかにも矛盾する点はいくつかあります。たとえば服装です。以下の二つの言及について、皆さんはどう思われるでしょうか。
「就活に有利なスーツは存在しない。だが就活に不利なスーツは存在する。個性が大切だからと、奇抜なスーツで個性を出そうとする人がいる。たとえそれが最新のファッションであったとしても、面接官が不快を抱いたら即アウトだ」(千田琢哉『就活で君を光らせる84の言葉』53p)
「面接担当者からすると、断トツに輝いている就活生であれば、服装がほかの学生と同じでも、ピックアップし忘れることはないでしょう。しかし、どんぐりの背比べの就活生の中から誰を次の面接に進めるかを考えるとき、全員が同じ形と色の服を着ている中で、1人違う服を着ていれば『とりあえず、あのベージュの服を着ていた学生を次の面接に進めておくか』と印象に残りやすいものです。何も奇抜な色の奇抜な服をオススメしているわけではありません。ただ、せめて服くらいは自分の好みで選んで面接に臨んでもいいのではないでしょうか」(藤本篤志『就活の壁!』95-96p)
多くの就職対策本では、紺か黒のスーツが推奨されています。そうした言及のとおり、実際には黒、というよりダークグレーのスーツを着ている学生がほとんどだと思います。そのような状況で、ベージュ(等の少しずらした色)のスーツを着るべきか否か。ここで私がいいたいのは、どちらが正しいかということではなく、このような言論の揺らぎが目下の就職活動論にはあり、活動をする学生はこうした揺らぎを目の当たりにしつつ、いずれかの言論を自ら選んで採用しなければならなくなっているということです。
先に述べた部分と合わせていえば、自己分析についてさまざまに述べられているなかで、それをするか否か、するのならばどのようにするのかということ。服装についても、無難であるべきという言論と、多少はずらした方が時には有効だとする言論があるなかで、どちらを採用するのかということ。前回述べた、さまざまな人々が「就職語り」「就活語り」をするようになる「シューカツ論壇」の成立は、就職活動の各場面について、あんな考え方やこんな考え方もあるという選択肢を増加させることになります。ソーシャルメディアは活用すべきなのか、インターンシップをするべきか、資格は必要か、英語はできた方がよいのか、ひいては大学生活をどう過ごすべきなのか、等々。
就職活動が終わるまで、どの選択肢が正しかったのかはわかりません。同じ行動をとっても、うまくいく場合といかない場合があるでしょう。その客観的な確率は決してわからないなかで、今日の学生はいずれかの戦略を選ばねばならないのです。1997年に就職協定が廃止された際、就職活動の「自由化」だと評されましたが、その「自由化」は学生にとっては、就職活動戦略の「個人裁量化」および「自己責任化」を意味することになるといえます。しかしそれは結果として、たとえば服装においては、ほとんどの学生が無難なダークグレーのスーツを選ぶところに落ち着いているわけですが。