降旗監督が語る高倉健と鶴田浩二の違い

高倉健シリーズは『鉄道員(ぽっぽや)』(1999年)の後、『ホタル』(2001年)『単騎、千里を走る。』(2005年)『あなたへ』(2012年)と3作続いた。いずれも監督は降旗康男。「単騎、千里を走る。」は監督は張芸謀(チャン・イーモウ)だが、日本で撮影したところは降旗だ。

降旗は高倉健の芝居について、こう語っている。

「健さんはプロの俳優さんらしくない不器用なところがある人です。任侠映画の時代に健さんと並び称されていた鶴田浩二さんは何回テストをやっても同じ動きができる人でした。本番もテストと同じところで顔を止めることができた。ところが健さんは本番とテストでは同じことができない。

だから少しずつ撮ることはできないんです。初めから長めにカメラを回して、たった一度を狙った方がいい。

健さんは怒鳴ったり走ったりより、普通のセリフが上手な役者です。映画の脚本をご覧になってみればわかると思うのですが、画面のなかで役者がしゃべること、動くことの8割以上は普通の生活のなかでなされる動作です。芝居だからといっていつも泣いたり、叫んだり、目を剝いたりしているわけじゃない。テレビばかりやっている役者が映画の撮影に来て芝居をすると、つい動作が大げさになってしまい、浮いてしまうことがあります。大げさに演じるのが映画の演技だと思っているのでしょう。

それに比べて健さんは抑制された演技で感情を伝えることができる。ふっと息を吐いただけで悲しい気分にさせることができる。それはすごいことなんです」

健さんが怒っていたクルマの話

高倉健の芝居について、小林はこれまで人に話したことはない。高倉とも演技について話したことはなかった。照れくさいというより、そんなことを思いつかなかったからだ。しかし、他の誰よりも高倉の芝居、生活について知っているのは彼だ。

小林はしみじみ言う。

「おかしなことしか覚えていないんです。子犬のようにあの方にじゃれついていたのが私ですからね。『鉄道員(ぽっぽや)』の撮影の時、あの方が怒っていたことがあったんです。ある日、東京撮影所のトイレを見たかと聞かれました。

いえ、何かありましたかと聞いたら、こう言ってました。

『稔侍、おまえ、知ってたか? 用を足していたら、後ろのトイレのドア開けて、女優さんが出てきたんだ』

『旦那、ここのトイレ、古いから男女一緒なんですよ』

それでも怒ってました。所長を呼べって、撮影所長を呼んで、すぐに直せって言ったらしい。そしたら、すぐに男女別々のトイレになりました。健さんが一喝したからです。

これもまたいい思い出ですよ。そういえばあの方、真っ赤なフェラーリに乗っていたんです。

フェラーリ
写真=iStock.com/MarcoMarchi
※写真はイメージです

ある時、『なんだ、こんな車!』って真剣に怒ってるんです。

『どうしたんですか』

野地秩嘉『東映の仁義なき戦い 吹けよ風、呼べよ嵐』(プレジデント社)
野地秩嘉『東映の仁義なき戦い 吹けよ風、呼べよ嵐』(プレジデント社)

あの方、地味な性格だから、真っ赤なフェラーリを手に入れても、とても人前では乗れないんです。目立つのが嫌だから、ずっと車庫に入れていて、夜中に高速道路を走る時だけ乗っていたんです。『それなのにファンベルトが切れた』って怒る。聞いたら、ファンベルトの交換は8000円だという。いいじゃないですか、8000円くらい、払えばいいじゃないですかと言ったら、『稔侍、違うんだ。交換するのに80万もかかった』。

ファンベルトを交換するのにエンジンを下ろさなきゃいけなかったから手間賃が80万かかったと怒ってたんです。

僕は言ったんですよ。

『旦那、フェラーリに乗る人が、そんな細かいこと言っちゃいけません』

それから、ひとこともフェラーリの話をしなくなりました」