「稔侍、気持ち悪い、離れろ」。でもぐっと引き寄せた

小林がもっとも忘れられない1本と言えばそれは『鉄道員(ぽっぽや)』だ。高倉健はその作品を撮るために19年ぶりに大泉学園にある東京撮影所に戻ってきた。監督は降旗康男、キャメラマンは木村大作。プロデューサーは坂上順。製作は東映、テレビ朝日、高倉プロモーションなどの製作委員会になっているが、実質は東映だろう。製作費は6億円で、配給収入が20億5000万円、興行収入にすれば41億円。他にビデオなどの売り上げもあるから東映としては大ヒットだ。高倉健というシリーズは必ず当たることを証明した。

小林は「鉄道員(ぽっぽや)」まで東映では助演の役者だった。東京撮影所に通い、夕方までそこで過ごし、短い出演時間を終えた帰り道、ふと思うことがあった。

「俺は生涯、こういう役ばっかりで終わるのかな。あの監督、初めてだったけれど、向こうから話をしてくれたよな。ということは俺にだってどこかいいところがあるのかもしれん。あの監督、俺に声かけてくれた。こっちが話もしてないのに。次も何か役をくれるのかな。持ち味みたいなものはわかってきたし、仕事は来るけれど、でも、自信があるわけじゃない。何かやっているうちにどうにかなるだろう」

そんなところへ高倉健との共演になった。同僚の役だった。

山川キャメラマンが撮った「鉄道員(ぽっぽや)」のオフショット
撮影=山川雅生
高倉健ラストインタヴューズ』(小社刊)より。山川キャメラマンが撮った『鉄道員(ぽっぽや)』のオフショット。

「稔侍、チンピラ役じゃないんだ、堂々と座ってろ」

小林は撮影所に作られた幌舞駅駅舎の事務室のセットでデスクに座っていた。高倉が来たから、すぐに立ち上がった。すると、高倉が言った。

「稔侍、お前、今までみたいにチンピラ役じゃないんだ。堂々と座ってろ」

稔侍の役は同僚の鉄道員で、高倉よりも大きな駅の駅長だ。演技プランでは小林は最初はデスクに座っていることになっていた。そして、高倉が来た時、迎えるために立ち上がることにしたのである。ところが、高倉のひとことで状況は変わった。

「稔侍、最初から立っていればいい」

もちろん、そうすることにした。しかし、内心は座ってから立ち上がる方がいいんじゃないかと感じていた。

「これじゃ、大きな駅長の威厳も何もあったもんじゃない」

駅のホームでふたりが久しぶりに出会うシーンでは、小林はちょっとした工夫をしてみた。

高倉と小林は親友同士だ。小林は仲のよさを表現するために近寄って、リハーサルで高倉の腰をぐっと引き寄せたのである。

「乙さん(主人公・乙松)、料理を持ってきたよ。久しぶりだね」とセリフを言い、高倉の腰を持って、引き寄せた。

すると、高倉はパッと離れて、「稔侍、気持ち悪いな! 離れろ」。

だが、小林はリハーサル4回のうち、4回とも「ぐっと引き寄せた」。

そのたびに高倉は「稔侍、気持ち悪い」と離れる。しかし、本番ではちゃんとやってくれた。映画が公開された後、双子の映画評論家から「仲がよすぎる。まるでホモみたいだ」とコメントされた。けれど、小林にしてみれば親しい関係を表すために体で触れ合うことにしたのである。これもまた「気を発した」演技だった。

小林は自分の出演シーンでなくとも高倉の出番があれば撮影所に行った。ほぼ毎日のように撮影所に通い、黙って演技を見守った。すると、そこには稔侍だけでなく、渡瀬恒彦、梅宮辰夫をはじめとするかつての東映の俳優たちがいた。誰もが高倉健とその演技を見るために東映の撮影所に来て、一日中、立っていたのである。

高倉健は東映が誇る最後の映画スターだった。