うなぎ屋さんの「秘伝のタレ」はAGIでも作れない

私の祖父は晩年、鎌倉に住んでいたのですが、東京の病院に行くときにはいつも同じタクシーの運転手さんを指名していたといいます。

とても愛想がよく、道にも詳しい。病院の帰りには行きつけの蕎麦屋さんに立ち寄ってくれたりもしたそうです。祖父が信頼していたのも頷けます。

私は先に、タクシーの運転手さんはAIの自動運転でも十分であろうと述べましたが、こうした付加価値を提供できる運転手さんは、おそらくAGIが実現しても間違いなく生き残っていけるでしょう。

私を定刻通りに撮影スタジオに連れて行ってくれた運転手さんもまた、「カーナビにも出ないような道を知っている」という付加価値を持っていることで、今後も生き残っていけるでしょう。

私はそのような付加価値の部分をAIに学習させることでタクシーの自動運転技術が加速すると先に述べましたが、その一方でこのような考え方もできます。

「果たして人間がそのような付加価値をAIに学習させるかどうか」

つまり、自分だけが持っていれば自分だけの利益になるような付加価値を、わざわざAIに与えてしまったら、それがやがてみんなのものになってしまうので、付加価値ではなくなってしまうわけです。

そう考えれば、常にそういった有益な知識や高度なノウハウのようなものは、人間がそのまま自分で保持していくことで、AIに代替されないこの先も安泰なビジネスモデルになり得るということになります。

老舗のウナギ屋さんに行くと、創業以来継ぎ足してきた「秘伝のタレ」を持っているといいます。どんなにAGIが学習して成分を分析したとしてもきっと同じタレはつくれないですし、タレの中に入っている調味料だけでなく、その風土や時代、空気など、AIでも再現できないものもあるのです。

タレに浸される串焼きのうなぎ
写真=iStock.com/kuppa_rock
ウナギ屋さんの秘伝のタレは、AGIでも同じようには作れない

ウナギ屋さんの秘伝のタレは、AGIでも同じようには作れない。

もうひとつ、最新の事例をご紹介しましょう。

最近、ニュース番組などで、「ここからはAI自動音声でお伝えします」というコメントを見たり、耳にしたりしている方も多いのではないでしょうか。

私も実際に聞いてみたのですが、イントネーションがやや不自然だと感じましたが、それほど意識しなければAIか人間かわからないレベルでした。

スタジオには人間のアナウンサーがいるのに、なぜAIがニュースを読んでいるのでしょうか。

このAI自動音声技術を開発したNHKによれば、まずアナウンサーの人員が限られているということが、理由のひとつにあります。特に、地方局では数少ないアナウンサーに仕事が集中しているので、AIに代替できる業務はAIに任せることで、人間のアナウンサーの負担軽減や働き方改革につながるということのようです。

一部のニュースに「AIアナ」を使うことでアナウンサーの負担だけでなく、編集や技術スタッフの仕事を削減できるわけですが、その一方で人間のアナウンサーにしかできないアナウンスもあります。

緊急速報やリアルタイムで状況が変わる災害情報の対応、中継場所に出向いて視聴者に状況を伝える場面では、当然AIには任せられません。

そう考えれば、AIによるアナウンスは、人間の業務の一部は代替できても、人間のアナウンサーの仕事は今後もなくなることはないと言えるでしょう。