お金は取り戻せるが時間は取り戻せない

なぜ多くの人は、気軽に時間を貸し借りしてしまうのか。

それは時間が無形で目に見えないために、ほとんど無価値なものとみなされているからだ、とセネカは指摘します。もし時間がお金の形をしていたら、そう簡単に貸してくれとは言えないし、頼まれた側も断るでしょう。

しかし、時間はお金以上に貴重なものではないか、とセネカは考えます。お金は浪費してもまた稼ぐことができるかもしれませんが、過ぎ去った時間はもう戻りません。

「何かに忙殺されている人間のいまだ稚拙な精神は、不意に老年に襲われる」

時間の価値に気づかないまま浪費を続けるうちに、気づいたらある日突然、老人になっていた。そんな浦島太郎のような結末を迎えたい人はいないはずです。

もしあなたが毎日忙殺されているなら、自分の時間の使い方を見直して、閑暇の人を目指してはいかがでしょうか。

セネカが教える「暇な時間にすべきこと」

とはいえ、これまで忙しかった人が急に暇になると、「余った時間で何をすればいいかわからない」と戸惑うことも多いようです。セネカはそんな人にもアドバイスを送っています。

「すべての人間の中で唯一、英知(哲学)のために時間を使う人だけが閑暇の人であり、(真に)生きている人なのである」

知の世界で時間を過ごすことが、人間にとって一番の幸せである。それがセネカの考えです。

知識や知恵を必要とするのは、学問だけではありません。例えば俳句をつくったり、楽器を演奏したり、盆栽を育てたりと、興味のあることに能動的に取り組み、創造性を発揮することも立派な知的活動と言えます。

みずからアクティブに活動できる人は、何歳になっても生き生きとした毎日が送れるはずです。