ひとりで歩道を歩いているときに、前方から自動車が突っ込んできた。自分は交通規則に従って歩いている。自動車は本来、車道を通行するべきなのだから、私が自動車を避ける必要はない──。たとえ、そう考えたとしても、実際には自動車を避けることになるはずだ。つまり、「自分は悪くないのだから、何もする必要はない」という考え方は、正論ではあるが、現実的ではない。
組織行動学を専門にしているスタンフォード大学ビジネススクールのジェフリー・フェファー教授は、仕事をするうえで「正しいこと(right)」と「有効なこと(eff ective)」は異なることを理解すべきだ、と指摘している。
「正しいこと」をしている人が、必ずしも組織内で有能だと評価されるわけではない。組織の一員として仕事をする中で、時には「正しいこと」を引っ込めなければいけない状況もあるはずだ。頭の良い人、真面目な人ほど「正しいこと」に固執する傾向が見受けられるが、それは長い目で見れば自分のオプション(選択肢)を狭めてしまう恐れがある。
もちろん、何にでも「正しいこと」を引っ込めてしまうと自分のポリシーが失われてしまう。どの程度まで「有効なこと」であれば受け入れるのかという線引きを持つことができれば、人間としての幅も広がるだろう。
組織の中には異なる立場の人がいる。たとえば総務部が営業経費をうるさく注意するのは、それが総務部の仕事だからだ。機能している組織の中では、人間同士の衝突は必ず起き、正論だけでは決して解決できない。
かつてソニーの創業者である盛田昭夫と井深大の両氏は、会社の会計担当を闇の料理屋で接待し、テープレコーダーの良さを延々語り聞かせて、了承を得ていた。こうした接待がなければ、今のソニーはなかったかもしれない。
上司に対するゴマすりは「正しいこと」ではないかもしれないが、組織の中にあっては「有効なこと」といえるだろう。実力がない人がゴマすりだけで出世できるほど、会社は甘くない。しかし、実力があっても、それを十分に発揮できる環境がなければ、実力がないのと同じことだ。ゴマをすって上司を方向付けることで、自分の実力が発揮できる環境をつくることができる人は、大きな意味で「実力がある人」だといえるはずだ。