「スマホを取りに行ったのにスマホを忘れた」こんなミスはなぜ起きるのだろうか。東京科学大学講師で認知心理学者の栗山直子さんは「人間の脳にはパソコンでいうところのワーキングメモリーがある。その容量が限られているために起こる現象だ」という――。

※本稿は、栗山直子『世界は認知バイアスが動かしている』(SBクリエイティブ)の一部を再編集したものです。

ビジネス街を歩く若いビジネスマン
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直感的・感情的な「システム1」と論理的な「システム2」

人間には2つの思考経路があります。ひとつは「システム1」と呼ばれる直感的、感情的な思考で、もうひとつが「システム2」と呼ばれる論理的な思考です。システム1はすぐに答えを出してしまう「速い思考」、システム2は答えをゆっくり出す「遅い思考」と捉えてもいいでしょう。両方とも必要だからこそ備わっている機能なのですが、ときにシステム1を使用することで人は失敗をします。

「システム1を使うことで、問題が起きるのならば、システム2を使ってじっくり考えればいいではないか」と、みなさんは思ったかもしれません。確かにSNSを見てもすぐに反応しないで、じっくり考えれば、陰謀論やフェイクニュースの拡散は止められるような気がします。

システム1のおかげで日常生活が送れる

しかし、システム1の思考が悪いわけではありません。システム1のおかげで、私たちは毎日混乱せずに日常生活を送れます。歩いたり、障害物を避けたり、他のことを考えたりといった行動がすべて同時にこなせるのはその都度、自分の状況をじっくり考えているわけではなく、ある程度思考や行動が自動化されているからです。歯を磨いたり、通勤したり、友人と話したり、ジョギングしたりするときは、通常はこの思考モードです。これらの行動の方法について、意識して考えているわけではなく、自動化している行動もたくさんあります。

対照的に、熟慮的で合理的な思考であるシステム2はスピードが遅く、努力を要し、意図的です。会議の資料を作ったり、語学を習ったりするときは、この思考モードもよく使います。

どちらのモードも途切れることなく働いていますが、システム2はなかなかしっかりとは起動しません。リスクが高いとき、明らかな誤りを見つけたとき、あるいはルールに基づく推論が必要なときには作動します。しかし、我々の思考を普段支えているのはシステム1であるため、認知バイアスに陥ってしまいがちなのです。

では、なぜシステム2があまり起動しないかというと、人間の認知能力に制限があるからです。これを「認知の経済性」と呼びます。この観点で重要になる研究は、ハーバート・サイモンの「限定合理性」です。