既存のシステムを尊重し、あるもので作れる品種を生み出す

マレーシアで生産されていたイチゴは、学生時代に野秋さんがフィリピンで口にしたトマトのように、日本産のおいしさや風味にはほど遠いものだったという。

「見た目こそイチゴですが、食べると硬くて酸っぱくて渋味まであります。現地の人たちは、地場のイチゴにチョコレートを盛大にかけて食べることが多いですね」

そのため、シンガポールやマレーシアには輸入イチゴも多い。スーパーの売場では、日本産は味も値段も高根の花。そのため、日本産の約半値で、地元マレーシア産より2倍以上高価な韓国産が棚の多くを占めていた。

「マレーシアの生産者たちに、こう説明しました。『私たちCULTAが、日本のイチゴをマレーシアの環境で生産できるように品種改良します。それを、まずは皆さんが現在生産しているイチゴの10%ほどでいいので育ててみてくれませんか。生産したイチゴはCULTAが原則全量買い取って、責任を持って販売します』」

日本品質のイチゴをマレーシアで生産し、韓国産並みの価格で販売すれば、消費者は日本ブランドのおいしいイチゴが従来よりも安く手に入り、生産者も収入アップできる。そうするとCULTAの事業も成立するという「三方よし」のビジネスモデルだ。生産者たちは経営意識が高く、話が早かったという。

「私たちCULTAはあくまでも既存のシステムを尊重して、生産者に無理のない範囲で品種を切り替えていってもらえればと考えています。環境に適応した品種改良は私たちの得意分野ですが、この『環境』は気候や土壌だけではありません。現地で手に入る農具や資材は、日本と比べると格段にバリエーションが少ないものの、それでも日本品質のイチゴが生産できるような品種に改良していきました」

日本のイチゴ生産は、ほとんどがビニールハウスの中で温度や湿度を制御しながら行われる。対してマレーシアでは、設備は簡素な雨除けのみ。それでも育てられる品種改良がなされた。

キャメロンハイランドのイチゴ生産の様子
提供=CULTA
キャメロンハイランドのイチゴ生産の様子

「想定外だったのは、日本からイチゴの培養苗を輸出したものの、マレーシアでの輸入に10カ月もかかったことです。両国の植物防疫所から『日本からマレーシアに、正規の輸出入手続でイチゴの苗を持ち込んだ記録がない』と告げられ、マレーシア側では一から検疫プロセスを作ったそうです。待っている間に苗は何度も枯れてしまいましたが、前例のないことをしていると実感しました」

起業後、仕事を進めているうちに、大学院でつながりのあるメンバーが野秋さんの会社に関わるようになり戦力も充実。2025年からは現地生産を開始しており、すでにシンガポールで販売も始めている。「5年後の2030年には50億円の売り上げを目指しています」(野秋さん)

未来の適地適作とは

農作物の生産には、「適地適作」という原則がある。その土地に合った作物を作るという考え方だ。野秋さんは気候変動が進んでも、品種改良によって持続可能な生産を実現する、「未来の適地適作」を提唱する。

野秋収平さん
撮影=水野さちえ
野秋収平さん

「日本でも、気候変動で農作物が不作になり、生活にダイレクトに影響することが増えてきました。この地球規模の課題解決に、私たちの技術が役立つと考えています。熱帯地域のマレーシアでのイチゴ生産のノウハウや知見が、いずれ日本のイチゴ生産に応用できるかもしれません」

マレーシアを皮切りに、生産地の気候に合ったイチゴ生産をベトナムやオーストラリアなどでも開始したいと話す野秋さん。強みを生かすその歩みに、迷いはない。

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