妻の意思を尊重したつもりだったが…
ただ、彼女はそんなに器用な人ではなかった。ときには、仕事でひどく疲れて見えることもあった。本音を言えば、「無理をせずに仕事を辞めたらどうかな」と言いたかった。その方が、精神的にも体力的にも安定できるのではないかと思ったのだ。
当時は、女性が男性と同等に社会に進出し、能力を活かすというのは世間的にも当たり前となってきていて、男女雇用機会均等法なども施行されたばかりのタイミングだった。いくら古い考えの男であった僕でも、彼女に「仕事を辞めてほしい」とはやはり言えなかった。
結婚してしばらく経った頃、こんなふうに言うのが精一杯だった。
「せっかく家にいるときに、“疲れた”って言うのはやめようね。もし疲れたら仕事は減らしたっていいんじゃない?」
働きたいという彼女の意思は尊重されるべきだと心から思っていた。
そして、その頃から徐々に彼女は不安定になっていった。
「可愛いわが子」を授かった後の変化
ふたりの関係性の雲行きには、子どもの存在も影を落としていた。
僕は、最初の結婚が自分の身勝手のせいでうまくいかなかったこともあり、結婚や子育てに対して不安な気持ちを持っていた。だからこの二度目の結婚をしたときも、自分の子どもを見てみたいという期待や興味はあったものの、ものすごく欲しいというのとは少し違っていた。
なぜなら、自己中心的な僕が父になったら、子どもにどういう悪影響を与えてしまうかわからないという怖さも感じていたからだ。
ところが、いざ子どもを授かってみると本当に可愛くて愛しくて、「目の中に入れても痛くない」という言葉の意味が初めて実感できたほどだった。
その頃には、僕の仕事も再び増えてすっかり忙しくなっていた。僕が不在がちで目が行き届かないぶん、日頃から子どものことがなにかと心配だった。やがて僕は、仕事や金銭面は僕が頑張るから、家のことはできれば彼女にすべて任せたいと思うようになっていった。