既存の枠にとらわれないセーフティネットの拡充を

就職氷河期世代はすでに中高年であり、20代、30代の時期に失われた就業機会について、いまから取り返すことは難しい。無論、すでに行われている各種の就労支援を継続し、能力開発の機会を提供したり、非正規雇用者の正社員登用を促進したりすることによって、今後さらに傷が広がることを防ぐ努力は必要である。

しかし、2003年の「若者自立・挑戦プラン」にはじまり、近年の「就職氷河期世代支援プログラム」に至るまで、過去20年にわたって様々な施策が行われてきたにもかかわらず、経済的に親に依存する未婚の低所得者や社会的に孤立傾向にある無業者の増加は防ぎきれなかった。

近藤絢子『就職氷河期世代』(中公新書)
近藤絢子『就職氷河期世代』(中公新書)

年齢を重ねるほど教育訓練投資の効率は下がることも考えると、就労による経済的自立が難しい層が一定数存在することを受け入れて、福祉の拡充を具体的に検討し始めるべき段階に来ているのではないだろうか。

前述のとおり、今の日本の税・社会保障の枠組みでは、就業はしているが所得が十分でない者に対する再分配が不十分で、社会保険の仕組みはむしろ逆進的ですらある。そもそも、雇用保険をはじめとする社会保険方式のセーフティネットは、過去に保険料を拠出していなければ給付を受けることができず、若年期からずっと雇用が不安定な者にとっての救済策にはなりえない(酒井2020)。社会保険によらない仕組みが必要だ。

給付付き税額控除、「負の所得税」を再検討してもいい

社会保険によらないセーフティネットとして、既存の制度では生活保護制度があるが、保護を受けるための条件が非常に厳しく、生活保護の条件を満たすところまで困窮してしまってから再度経済的に自立するのは容易ではない。そこまで困窮する前に、適切な支援を行うことで経済的に自立した状態に戻すための仕組みが必要だ。2015年に施行された生活困窮者自立支援法は、就労に困難を抱える無業者への支援としては一歩前進であった。これに加えて、特に、就労しているのに十分な収入を得られない層に対して、就労意欲をぐことなく、収入の底上げをするような支援ができると良いだろう。

例えば、欧米では実際に導入され、一時期日本でも盛んに議論されていた給付付き税額控除、いわゆる「負の所得税」は、一定以下の所得の人に対して、労働所得に比例した給付を行うものだ。必ずしも給付付き税額控除が最適な形式であるとは限らないが、既存の制度の枠にとらわれない発想で議論を深めていく必要があるだろう。

参考文献:酒井正(2020)『日本のセーフティーネット格差─労働市場の変容と社会保険』慶應義塾大学出版会

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