能力開花を狙う「人事部の廃止」
40歳をはさむ8年間、人事勤労部で人事制度の改革を担当する。担当役員から、宿題を出された。40年代前半に大量採用した団塊世代の少し前の連中が、入社して約10年がたち、管理職候補になってきた。だが、2度にわたる石油危機で組織はスリム化を迫られ、ポストに余裕はない。そこを、どうするか。
慶応大学の教授が指導する研究会へ通ってみた。「人には、いろいろな才能があるが、氷山の沈んでいる部分のように隠れている。それを引き出し、フルに発揮させることが、会社にとって大事だ」――そんな話を聞き、ボート三昧の日々を思い出す。あのときは、個々の能力は違っても、一つの目標に向かってベクトルを合わせることが課題だった。今度は、個々の能力を、それぞれに開花させていくことが、答えだった。
単純に昇給額に差をつける従来の制度をやめて、一人ひとりの能力を見出す「アセスメント」という考え方を採用した。ラインの中で部下を使う能力が高いか、専門職の仕事をする能力が豊かか、官公庁など外部と交流する能力を持っているか。そうしたことを、上司が読み取り、いい経験をさせてあげる。そのタイミングは、だいたい、課長になるかならないかあたりにくる。それを逃さないための制度に、改めた。
99年6月、社長に就任。在任10年の間に、社内に「3つの塾」を開校する。その一つが、人の能力を引き出すための「志塾」だ。
積水化学は、90年代まで、いくつもの新規事業に手をつけて、何度も苦渋をなめてきた。それをみてきて、新規事業を任せるには、順調に出世街道を歩む人は向かない、と確信した。そういう人は、マネジメント力を高めているうちに、創造力を摩耗してしまう。新規事業には、もっと別の才能が必要だ。そんな仮説を立て、2006年、10人の「異色人間」を募集した。労働組合の活動を一生懸命にやって、煙たがられている人。力はあっても、上司とそりが合わず、ブーたれている人。そんな人の応募を、歓迎した。
個々の能力や持ち味は大事だが、もっと大切なのは「やる気」だ。自分では気づいていない潜在能力を、チャンスを与えられたときに発揮して、開花させることができるかどうか。「やる気」があってこそ、その道が開ける。そう思うから、ずっと「自ら手を上げる人事」を続けた。
07年1月、人事部を廃止した。社員たちは、あまたある会社の中から、積水化学を選んでくれた。しかも、約40年間、ここにいる。これは、社会からの預かりものだ。その人たちにいい仕事をしてもらうことは、CSR(企業の社会的責任)そのものだ。そんな理念から、人事部をCSR部に吸収した。社員がいい仕事をすれば、業績はついてくる。いい仕事とは、仕事に惚れ込み、自分で考えながら進めて、実現する。そういう企業文化をつくり、守っていくことが、経営者の責務だ。ボートを「核」にしてきた道の結論だ。