経営者に必要なのは「素直な心」

幸之助は1972年5月に発表した「新しい人間観の提唱」の冒頭で、「宇宙に存在するすべてのものは、つねに生成し、絶えず発展する。万物は日に新たであり、生成発展は自然の理法である」と述べている。

なお、1951年9月に発表した「人間宣言」の冒頭部分も、「日に新た」の個所が「日々に新た」と表現されている以外は基本的に同じである。「生成発展は自然の理法である」という認識を、幸之助が一貫して持ち続けていたことを示している。

ただ、変化が必要であるとはいっても、小さな人知にとらわれて奇策に走るのではなく、人知を超えた「自然の理法」にあくまで従うという謙虚な姿勢が求められている。幸之助は、そのためには「素直な心」であることに努め、思い込みや私利私欲にとらわれず、視野を広げ、物事の本質を見極めるべきだとした。

「経営というのは、天地自然の理に従い、世間、大衆の声を聞き、社内の衆知を集めて、なすべきことを行なっていけば、必ず成功するものである。その意味では必ずしもむずかしいことではない。しかし、そういうことができるためには、経営者に素直な心がなくてはならない。

素直な心になれば、物事の実相が見えてくる

天地自然の理に従うとは、『雨が降れば傘をさす』ようなものだと述べた。雨が降れば、ごく自然に傘をさす、それが素直な心なのである。それを意地を張って傘をささないということは、心が何かにとらわれているからである。それでは雨にぬれてしまう。経営はうまくいかない。

世間、大衆の声に、また部下の言葉に謙虚に耳を傾ける。それができるのが素直な心である。それを自分が正しいのだ、自分のほうが偉いのだということにとらわれると、人の言葉が耳に入らない。衆知が集まらない。いきおい自分一人の小さな知恵だけで経営を行うようになってしまう。これまた失敗に結びつきやすい。

素直な心になれば、物事の実相が見える。それにもとづいて、何をなすべきか、何をなさざるべきかということも分かってくる。なすべきを行い、なすべからざるを行わない真の勇気もそこから湧いてくる」

ここで「素直な心になれば、物事の実相が見える」とは、「自然の理法」も認識できるということである。