能登へIターンで移住、栗農家として生計を立ててきた

被災した松尾氏への支援という側面がないわけではないが、同プロジェクトが松尾氏にサポートを求めた背景には、松尾栗園がもつ実績がある。

2005年に能登へIターンで移住し、20年近くにわたって栗農家として生計を立ててきた松尾氏。栽培から収穫、冷蔵貯蔵による熟成、焼き作業、そして販売にいたるまでを自分自身で試行錯誤しながら行ってきた。その様子は、「年商20万円の栗農家が『食えるようになる』まで」でも描いた。

結果、残念ながら今回の震災で全壊となってしまったが、2016年には立派な合掌造りの自宅兼作業場も手に入れている。さらに2020年には焼き栗の実演販売から通信販売へ大きく経営の舵を切ることで、収益性を高めることにも成功した。

自宅兼作業場は大きな被害を受けた
画像提供=松尾和広氏
自宅兼作業場は大きな被害を受けた

「もともと朝市や物産展の利用者数が毎年5%くらいずつ落ち込んでいったのと比例して、実演販売の売上も右肩下がりでしたが、コロナ禍がそこに追い打ちをかけました。そこで2020年は全体の売上の4割だった通信販売に注力しました。

実際、売上の100%が通販からとなりました。さらにそれによって利益率を高めることもできました。というのも、実演販売は移動時間や設営の手間、営業時間の短さゆえに、効率が悪かったからです」

通信販売への切り替えで収益力を大きく高めた

どういうことか。たとえば朝市であれば、朝の4時半〜6時半の2時間だけ自宅で通販用の焼き栗をつくり、慌てて7時に家を出て、30分かけて現地へ到着。テントなどの設営をしたら実演販売に入るが、商売の時間としては2〜3時間に留まる。売上は平均7、8万円。朝に焼いた通販用を足すと、1日の売上は15万円程度だという。

一方で通販用の作業に注力すると、朝5時〜10時まで自宅作業場で焼き栗をつくり続けられるため、5時間で40万円以上の売上につながる。つまり、売上には3倍の差が出てくるというわけだ。

しかし、”言うは易く行うは難し”ではないのだろうか。「これからは6次産業化だ!」などと言葉だけが先行して、実際には実現できていない農家は少なくないからだ。

「コロナ禍がむしろ追い風になったという意味では、僕はラッキーだったのかもしれませんが……」と前置きをしたうえで、こう松尾氏はつづける。

「それまでもやっていましたが、ホームページでの情報発信にさらに力を入れました。加えて通販サイトや雑誌、カタログなどにも掲載してもらいました。コロナ禍以降は、ホームページのアクセス数は3〜5倍に上がって、『焼き栗 通販』と検索したら僕のサイトがトップにあがるようにもなりました。通販の注文数もどんどん伸び、その結果2020年は通販だけで売り切った形です」