日本はバリバリの学歴社会
小学校・中学校・高校に目を向けてみると、学制が発布された明治時代の当初は「下等小学校」と呼ばれる4年制の学校と、それに続く「高等小学校」と呼ばれる4年制の学校がありました。
下等小学校は「尋常小学校」と改称され、1886年には義務教育化しました。1907年には修業年数が6年間に延長され、現在の小学校と同じ年数となっています。
現在の高校(高等学校)にあたるのは5年制の「旧制中学校」であり、特にその後半部分です。大学に進む場合の進路は、小学校が6年、旧制中学校が5年、旧制高等学校が3年、帝国大学が3年だったので、「6・5・3・3」制といえます。
第二次世界大戦後には男女共学化などの改変がなされ、義務教育は小学校+中学校までの9年間に延長され、小学校が6年、中学校が3年、高等学校が3年、大学が4年という、現在の「6・3・3・4」制となっています。
それまでの旧制中学校、高等女学校、実業学校などが「高校」(新制高校・高等学校)として一本化された現在の学制は、「複線型」に対して「単線型」と呼ばれることもあります。
そんな背景がある日本の「学歴社会」ですが、私は現在でも、というか現在の方が日本はバリバリの学歴社会であると感じています。特に出身大学は重視される場面が多いと感じます。
その理由としては大きく2つあり、1つ目は進学率、就職、所得といった目に見えるデータに表れている点、2つ目は評価、アイデンティティ、エンタメといった数値化しにくい部分にも表れている点です。
大谷翔平、藤井聡太でなければ無難に大学へ行っておく
まず日本が学歴社会である証拠として、こんなデータを挙げてみます。
文部科学省の「学校基本調査」によると、大学進学率は1991年には25.5%でしたが、2023年には57.7%と、ここ30年で2倍以上に高まっています。国民の半数以上が「とりあえず」大学に進学する時代であり、この傾向は今後も続くでしょう。
また厚生労働省の賃金構造基本統計調査をもとに算出したデータによると、学歴・男女別の年収は図表1の通りです。男女ともに大卒・大学院卒の年収が最も高くなっており、学歴と年収には相関がある学歴社会といえるでしょう。
インフルエンサーの中には、「大学なんて行く必要ない」「今の時代学歴なんてなくても成功できる」などと言っている人もいますが、そう言っている人に限って難関大学を出ていたりします。
野球の大谷翔平選手や将棋の藤井聡太竜王・名人など、常軌を逸した才能の持ち主でなければ、無難に(できるだけ難関の)大学に行っておいた方が良いというのが私の持論です。
さらに同じ「大卒」の中でも、就職の際は「学歴フィルター」によって、もっと細かく選別がされています。私が勤めていたM銀行でも、法人営業を担う総合職はほぼ全員がGMARCH以上でした。
参考までにダイヤモンド・オンライン調べの、「三菱商事 採用大学ランキング」を載せておきます(図表2)。このような「マーチ以上」に設定された暗黙のルールは多くの大企業がとりあえず設けていると考えられます。