国語はセンスの科目ではない

「うちの子は、日記や作文を書くのは意外に好きなんです。でも、どうにもセンスがなくて……」

これまた、お母さん方の言葉です。ここにも大きな勘違いがあります。

国語は、センスの科目ではありません。

指をクロスさせて否定を伝えるビジネスウーマン
写真=iStock.com/takasuu
国語はセンスの科目ではない(※写真はイメージです)

国語は、論理の科目です。

もちろん、センス(持って生まれた感性あるいは才能)というものの存在を、私は否定しません。そういったものから目を背け、「どんな子にも絶対に無限の可能性がある!」などと言い放つつもりはありません。

しかし、「国語はセンスだ」と思い込むあまり、国語力を伸ばす余地がまだまだあるにもかかわらず、早々とあきらめてしまっている人がたくさんいるのも事実です。

「国語の勉強法は読書しかない」は誤解

そもそも、言葉というものは後天的に身につけるものです。

生まれながらに言葉を操作する技術を身につけている子なんて、どこにもいません。

国語力を高めるために「今」から手を打つということは、決して無駄なことではなく、むしろ実行する価値のあることなのです。

先ほど、「読書をすれば国語力は上がる」という誤解について書きましたが、「読書」については、次のような誤解もよく見聞きします。

「結局のところ国語の勉強法は読書しかない。それ以外に勉強法なんて存在しない」

読書万能主義とでも言いましょうか。

こういう考えを信じている限り、国語力は永遠に伸びないでしょう。