介護後の娘の未来
両親の介護が始まった時、両親には約1000万円の貯金があった。しかし約12年経った今、貯金は0だ。
「介護に必要な物を買ったり、認知症になってから頻繁に外出したがるようになった父を連れての近距離、遠距離の旅行に行ったりしているうちに、使い果たしてしまいました。両親の年金、旦那の給料の範囲でのやり繰りができず、借金も増え、崖っぷちの自転車操業をしています」
まだ母親が存命な頃は、両親の年金と夫の給料を合わせて、収入はひと月約48万円。支出はひと月45〜46万円だった。
「余裕がない中、車2台分の車検や税金の支払い、親族の香典やお祝い金など、まとまったお金が用意できなかったことが借金苦に陥った要因です。どう考えてもここから自分たちの老後資金を貯められそうにないので、『老後破綻』を覚悟しています。全て私の経済観念の甘さが原因だと思います」
生命保険文化センター「2021(令和3)年度生命保険に関する全国実態調査(速報版)」によると、介護にかかるひと月の費用は、平均8万3000円という結果になっている。1年あたりだと99万6000円。下島さんの場合、12年なので1195万2000円だ。
ここには住宅を介護しやすくするリフォーム代や介護用ベッド代など、一時的にかかる費用は含まれていない。さらに、下島さんは両親2人の介護をするため、12年間働きに出ることはできなかった。こうしてみると、約1000万円あった貯金が0になっていても不思議ではない。むしろ、親の貯金では介護費用が賄いきれず、介護する子ども世代の持ち出しになることに問題があるように思う。
突然両親の介護が始まった下島さんだが、もしも備えられたなら、どんな備えをしていただろうか。
「可能であれば、親が元気なうちに要介護状態になった時のことや相続などについて話し合っておいたほうが良かったと思います。しかし、父が認知症になる前にそれができたかは微妙です。あとは、認知症になると生命保険に入れなくなるので、入院費や葬儀費用に不安がある方は、元気な内に保険を見直し、加入を検討したほうが良いと思います。今後、医療費の自己負担は上がっていくでしょうから……」
特養入所待ちの父親の前には、同様に入所待ちの人が60人以上もいる。特養の入所は緊急性も加味されるため、在宅酸素が必要な母親が存命な頃は、少し早まるのではないかと思われた。
「まだ入所までかかりそうなら、一旦在宅に戻り、デイサービスを利用しながら入所待ちをしようかと考えています。私の社会復帰や夫との旅行は、もう少し先になるかもしれません」
実は下島さんは介護福祉士の資格を持っているが、経験は半年ほどのみ。それでも父親の在宅介護が終わったら、両親を介護した経験と介護福祉士の資格を活かして社会復帰したいと思っているという。
「介護は苦しくてつらいことのほうが多かったですが、勉強になったこともたくさんありました。専門職の方々から受けたアドバイスを経験として活かしていければと思います。年齢的に何年続けられるかわかりませんが、利用者だけではなく家族の気持ちにも寄り添える介護士になれるよう頑張ってみたいです」
下島さんは、元気なうちに夫と京都へ旅行に行くのが夢だ。介護のキーパーソンであったとしても、2、3泊の国内旅行くらい些細な夢なら、時間的にも経済的にも、いつでも叶えられる社会であってほしいと思う。