※本稿は、伊東大介『認知症医療革命 新規アルツハイマー病治療薬の実力』(扶桑社新書)の一部を再編集したものです。
認知症は体験を「丸ごと」忘れてしまう
Q.家族の物忘れが増えました。認知症でしょうか。
「最近、おじいちゃんから同じことを何度もくり返してたずねられることが増えた」
「さっき説明したのにおばあちゃんは覚えていないみたい」
多くのご家族は、親御さんのこんな変化に心配を募らせてメモリークリニックを受診されます。そのとき必ずあるのが「物忘れと認知症はどう区別するのか」という質問です。
物忘れとは文字通り、物事を忘れること。「年のせいか物忘れが激しくなった」などとよく言います。
確かに認知症にも物忘れは見られます。しかし、認知症による物忘れと、加齢に伴う心配の要らない物忘れはある程度区別できます。
認知症による物忘れの特徴の一つは、体験した出来事を丸ごと忘れてしまう点です。
たとえば、家族で前年に旅行へ出かけたとしましょう。「去年の旅行中に夕飯で食べた料理がおいしかったね」とあなたがおばあちゃんに話しかけたとき、おばあちゃんから「あら、旅行なんて行ったかしら?」という答えが返ってきたら、認知症が疑われます。旅行したという体験自体をすっかり忘れていると考えられるからです。
ヒントがあれば思い出せるのは物忘れ
一方、加齢に伴う心配の要らない物忘れでは、体験した内容の一部しか忘れることはありません。
先の例でいえば、旅行したことは覚えていても、夕飯に何を食べたかまでは思い出せないといった具合です。
とっさには想いうかばなくても、時間を置いたり、何かヒントを与えて「あー、あれね」と思い出せたりすれば、加齢による物忘れで、答えまで与えてもまったく思い出す様子さえなければ、認知症による物忘れの可能性があります。
久しぶりに会った人の名前が思い出せないことはよくあります。それでも相手の顔を見れば、それが仕事仲間なのか、それとも友人なのかくらいはわかる。この場合は加齢による物忘れといえるでしょう。しかし認知症では相手の顔を見ても、自分とその人にどんな関係があるのか思い出せないことがしばしばあります。