注射を打ちたい

齊藤啓太さん(石巻高校2年生)。

齊藤啓太(さいとう・けいた)さんは宮城県石巻高等学校普通科2年生。将来の志望は看護師。

「もともとは介護福祉士を目指してたんですけど、介護福祉士だと、どうしてもやれることが限定されて。もうひとつの理由が給料で、介護福祉士は行っても月収33~34万円くらいなんです。看護師とは、給料も年収で100万円くらい違ってくるので。あとは……注射打ちたいっていうのがちょっとあって」

注射を打ちたい人になったきっかけは何ですか。

「母親が看護師で、夜勤とかの時に病院に連れて行ってもらって見てたんですけど、結構それで注射も見て、自分がされるのも見て『こういうのを逆にしてやりたいな』って思って。あと、もともと老人と話すのが好きで、老人だけじゃないか、知らない人と話すのがけっこう好きで。看護師っていうのは、入院してる人とかといろいろ話せるじゃないですか。そういうのが好きです。もう進路は完璧にその方向で決めてます」

給料の話が具体的に出たことに興味があります。看護師と介護福祉士の差を調べたわけですね。

「もうインターネットでサイト20個くらい見て、年収ランキングとかガッツリ調べて。介護福祉士だと、専門学校出で初任給17~18万円。看護師は大卒では20万円くらい。給料の上がり具合が、介護福祉士は少しずつしか上がらなくて、40~50歳代まで行ったらほとんどそのまま。でも、看護師はボーナスからもう全然違いますし。難しい試験を通れば幅が広がって、金ももっと貰えるようになります。部長とか看護婦長になれば、また全然違いますし、看護大学の教授になれば、年収1000万円とかになるし。看護専門学校の校長とかになってる人もいますし」

給料にここまで具体的な興味を持った齊藤さんの動機に興味があります。「仮説1、金にうるさい人間である」。

「はいはい、うるさいです(笑)。もともと、家の教育が『金は無駄にするな』っていう教育で。そうすると、なんか、どんどん金に対して欲求が出てきて(笑)。とりあえず金を持っていれば、将来何かしらは裕福できるんだろうってことですね」

親御さんは何屋さんですか。

「親父は、前は女川(おながわ)で船とか電車の部品をつくる工場の工場長してました。工場は津波で流されました。今は復興し始めてるんですけど、もう定年なんで。母は石巻市立病院の看護師です。あと、32だか33歳の兄がいて、京都で居酒屋経営してます。前は駅弁つくるところに勤めてたんですけど、『自立したい』って」

女川町は陸側を新制石巻市に包囲されるかたちになった三陸海岸沿いの町だ。古くからの漁業の町だったが、1980(昭和55)年の東北電力女川原子力発電所着工以降は、町の経済は典型的な原発依存型の構造になっている。遡上高があと80センチメートル高ければ、ここも福島第一原子力発電所と同じように津波に呑まれていた。齊藤さんが通う石巻高校は、女川原発から約30キロメートルの距離にある。

さて齊藤さん、看護師になるために行く学校はどこになりますか——この問いに返された答えは、東北でも首都圏でもない土地の名だった。

(明日に続く)

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