仕事のトラブルをSNSに投稿しても誰も得をしない

まず、①について見ていきたい。

投稿者とフォロワー同士でやり取りしている限りでは、SNS空間は仲間同士の集まりとさほど変わらない。だからこそ、プライベートな悩みや、仕事の愚痴を吐き出してしまうこともある。しかし、いったん話題が拡散していくこと、意図しないトラブルへと発展してしまうことも多い。SNSは、投稿できる文字数も制限があるし、投稿する側も読む側も条件反射で対応しがちなので、思いを正しく伝えるメディアとしては不向きである。

文脈を共有し合っている仲間同士であれば、誤認や誤解も起こりづらいが、そこを超えて拡散すると、情報が独り歩きして誹謗ひぼう中傷や批判が巻き起こってしまうことも多い。

②についてだが、話題が拡散していくと、必ず第三者が何らかの意見を述べてくる。ネガティブな情報が拡散している場合、それが批判へと発展していくことが非常に多い。さらに多くの場合そこから「犯人探さがし」「悪者さがし」へと発展し、バッシングが起こる。批判者の大半には悪意はなく、むしろ正義感、つまりは義憤に駆られての投稿だと思うのだが、それによって事態が良い方向に向かうことはほとんどないと言ってよい。

スマートフォン上に
写真=iStock.com/GCShutter
※写真はイメージです

SNSは批判の場として適した媒体ではない

筆者自身、何社もの企業のリスク広報の支援や助言をしてきたし、仕事で関わった企業や人物がトラブルに巻き込まれたりしたことも何度かあった。SNSやメディアで批判にさらされることも多かったが、大半の批判はピント外れだったり、一方的なものだったりした。

もちろん、特定の組織や個人に非があるケースも多いのだが、その背景には構造的な問題があることが多い。犯人や悪者を探しだして糾弾し、追い出したところで、構造的な問題が解決されない限り、同じような問題は再発してしまうのだ。

また、SNSやメディアでは、「0か100か」という発想に陥りがちで、いったん「悪者」とされた組織や個人は、一切の弁解の余地が与えられなくなってしまう。そうした流れが起きることで、真相が解明されるどころか、むしろ闇に葬り去られてしまうこともある。

批判をすること自体を否定するわけではないが、せめて、

1.批判をする前にできるだけ多くの情報を調べて、多角的に判断する
2.目にしている事象だけでなく、問題が起きた背景も考える

というところまでやった上で批判を行わないと、批判は不毛なものになる。そうしたことを考え合わせると、SNSは批判の場として適した媒体ではないと言わざるを得ない。