レアスニーカーのブームが起きたワケ

第二次スニーカーブームがなぜ起こったのかを理解するためには、90年代以降の若者のファッションに対する欲求を紐解いていく必要があります。

ファッションの醍醐味だいごみは自分の個性を出すことにありますが、それ以上にコミュニティに馴染み、奇異な目で見られないために皆と同じ服装をする、というネガティブな動機もあります。

特に渋カジ以降は他人と差別化したいけれど、皆と同じ服装をしないと不安という、矛盾したニーズがどんどんと表面化していきました。

そのニーズにピッタリとハマったのが、いわゆるレア物と言われるアイテムです。たとえば渋カジの若者は生産量が少なく入手困難な「バンソン」や「ゴローズ」といったアイテムをこぞって身につけましたし、ヴィンテージジーンズが盛り上がったのもこの頃です。

同様に、裏原ブームの頃にヒットしたエアマックス95も入手の難しさが需要に火をつけました。

NIKE AIR MAX 95 OG 通称“イエローグラデ”(写真=『スニーカー学 atmos創設者が振り返るシーンの栄枯盛衰』より)
NIKE AIR MAX 95 OG 通称“イエローグラデ”、写真=『スニーカー学 atmos創設者が振り返るシーンの栄枯盛衰』(KADOKAWA)より

また、現在はファッションビジネスで当たり前になったコラボレーションという習慣も裏原の初期に誕生したことは説明した通りですが、いつしかコラボ品も他人と差をつけるための付加価値がついたアイテムとして受け入れられるようになりました。

周りと同じがいいけれど、違いを出したい

この「みんなと同じがいいけれど、違いを出したい」という欲求が非常に強いことは、第二次スニーカーブームに沸いた人たちや、同時期に発生したノームコアブームの着こなしを見てみれば一目瞭然です。

ノームコアの人たちが匿名性の高い無地の服を着るのと同じく、スニーカーヘッズはまるで制服のように「シュプリーム」と「ザ・ノース・フェイス」に身を包み、足元は「ナイキ」のスニーカーを身につけています。そのままでは個性を表現する余地も無ければ、他人から羨望せんぼうされることも無いでしょう。

しかし、そこにレアで入手困難なスニーカーを履くことで、初めてみんなと同じ服装のまま、周りから羨ましがられるコーディネートが完成する、というわけです。