一人きり(?)の孤独的な生活にも1年で十分慣れた。私の自室は65平米の広さで、キッチンもついている。一人で暮らすには十分な設備だ。広大な太平洋を眺めながらたくさん本を読み、音楽を爆音で聴き、楽しかった青春を追憶し、ひとりぽつんと酒を飲む。ベランダにやって来るトンビも手なずけたし(半年かかった)、孤独な老人を慰めてくれるだろうAI犬・アイボも買ったし、メダカも30匹ほど飼うことにした。

ホームの館内は高級ホテル並みの豪華さで、食堂、図書館から露天風呂、各種会議室、ジム、カラオケ、ビリヤードなどの娯楽施設まである。スタッフも親切で、提携する亀田病院によるサポートも完璧、全く不満のない生活をしていたはずだった。

にもかかわらず退去しようと決めた理由の一つに、私が所属していた地元のテニスサークルでの些細な口喧嘩がある。

退去を決意したきっかけは…

ある日、仲間の一人がサングラスを買ったと自慢していたので、それを悪気なく茶化してしまった。すると激高した相手から「ちょっと金持っているからって、あんなところに住んで偉そうな顔をして……」と言われた。周りにいた人たちは無言。

「そうか、地元の人たちの目にはそういう風に見えていたのか」と私は愕然としてしまった。

さらに後日、駅に向かう入居者専用のシャトルバスの中で、長老のO氏からこう切り出された。O氏は夫婦でこのホームに入居している。

「平野さん、俺はね、このホームを出てゆくことにした」

夕暮れ時の鴨川の町には、侘しく秋の雨がふりそそいでいる。

「えっ、どうしてそんな決意をなされたのでしょうか。Oさんの場合、ご夫婦で1億円以上の入居金を払っているはずですが」