「何もないとこから始めてくれと言うてるんや!」
だが下田の入社が相思相愛であったかというとそれは違う。彼女にとって和江商事は思ったような職場ではなかったのだ。
下着メーカーというから流行の最先端を走っている会社だと思っていた。ところが社内には、外国のファッション誌といった流行を追うための武器が何もない。
思わず幸一にくってかかった。
「何もないじゃないですか!」
すると幸一はすました顔でこう答えた。
「そうだ。何もないよ。その何もないとこから始めてくれと言うてるんや!」
その言葉に、下田は強い衝撃を受けた。
(仕事の環境を整えてもらおうなんて思っていた私が甘かった。すべてを一からやるために採用されたんだ……)
それからというもの頭を切り替え、死にものぐるいになって頑張った。
「着ければピタリと当たる」ブラジャー
入社して2、3年目に作ったのが1171という品番のブラジャーだ。このブラジャーは、女学校の時、フランス人教師に教えられながら作った型紙を発展させたものだった。
この商品は評判を呼び、ロングセラーとなった。
こうなると俄然元気が出る。自分の作ったブラジャーを1人でも多くの女性に着けてもらいたいと願いながら、次々と新しいブラジャーに挑戦していった。
占いではないが、着ければピタリと当たるというような、そんな使いやすいブラ。まだ着け慣れていない人にも着けやすくて、苦しくなくて、気持ちがよくて、みんなが喜んで着けてくれるようなブラ。下田のコンセプトは明快だった。
取材した際、下田は筆者にこう語った。
「当時から私は、『給料は誰かに払ってもらうんじゃない。私自身で稼ぐんだ!』そう思って頑張っていました」
そんな彼女の気迫あふれる仕事ぶりは、後進の女性社員たちにも多大な影響を与えていくことになる。